深海の忍術
□暗部 1
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暗部に入ってから数年。
人を殺すことに躊躇することもなければ、同情することもない。
だからこそ任務の成功率も高く、それなりに評価されている。
そう思っていた矢先に左遷だ。
流石に無関心男なんて呼ばれる俺でも凹む。
それもそのはず。
左遷された先は誰でもできる子供の世話役。
今からその説明が火影様直々にあるとのことだが、よっぽどの血筋を持つ者なんだろか。
「すまんのう、わざわざ来てもらったのはほかでもない。次の任務の話じゃ。」
「はい。」
「対象者の名はうずまきナルト。一度は聞いた事があるじゃろうて。」
「いえ、初耳です。彼が何か?」
「ナルトは九尾の化け狐の人柱力なんじゃよ。」
「…なるほど。」
「表向きは左遷じゃが、暗部の極秘重要任務故に他言無用だ。前任はナルトに危害を加えていたらしくてな、慎重に選んだ結果お主を適任と見込んで任命したというわけじゃ。」
「そうですか。この任務はいつから?」
「今からじゃ。24時間の監視も兼ねてじゃからな?よろしく頼むの。」
そんな会話を火影様としてから、とりあえずそのうずまきナルトの家へと向かったはいいが、本当にこのアパートなのだろうか。
お世辞にも綺麗とは言えない佇まい。
ここが目的地か。
とりあえずノックでもしてみよう。
コンコン
静かな室内に響き渡るとゴソゴソと人の気配。
中に居るのは確かだが、迎え入れてはくれないらしい。
勝手に入るのは悪いか、そう思いながらもとりあえず挨拶しないと後々面倒だろう。
ドアノブに手を掛けると意外にもあっさり扉が開いた。
鍵を閉め忘れているのか、無用心過ぎる。
静かに中へと入れば、室内はゴミで埋め尽くされその殆どがカップラーメンだ。
近くにあった冷蔵庫に好奇心で手を掛けると中はすっからかんで唯一入っていた牛乳はすでに期限切れ。
何ヶ月も前のものだ。
この調子だと教えることもたくさんありそうだ。
そんなことを考えながら一室へと入ればゴミの中に小さなベッドと膨らんだ布団。
そっと触れてみれば温もりを感じられ、この布団にくるまっているのが探している人物なのだろう。
とりあえず布団を叩いてみるとやっと身体を起こした主の瞼が開き澄んだビー玉のような水色の瞳に目を奪われた。
しかしそんな瞳を見れたのは一瞬で、きっと睨みつけられると同時に壁へと引っ付いてしまう。
「…あぁ、驚かせてすまない。俺は新しく世話役になった。」
「かえれ!」
「?」
「せわなんかいらない!いますぐかえれ!!」
「俺も任務できているからそれはできない。嫌でも面倒見させてもらうつもりだけど、とりあえず朝飯食いに行こうか。」
「…いい。」
「お前に拒否権はない。」
ナルトの首根っこを掴み無理矢理外に連れ出すと彼がいつも通っている甘味処へと入っていく。
和気藹々としている店内がナルトを見た途端に一気に静まった。
これが九尾の化け狐の爪痕ってことか。
「ヒサギさん、いくらあんたとはいえそんな化け物連れてこられちゃ困るよ!」
「化け物?そんな奴どこにいるんだ。それよりいつものパンケーキ頼むよ。」
店主の言葉などさらりと交わして簡単にあしらうと、目的のものを注文してしまう鮮やかさ。
シュンっとなっていたナルトも彼のその態度に驚きが隠せないようだ。
数分するといい匂いをさせて運ばれてきたパンケーキをナルトの前へと差し出し、トロリと蜂蜜をかける。
いつの間にか頼んでいたホットミルクにも蜂蜜を軽くたらし、スプーンで混ぜてそっと差し出す。
手を付けようか迷っているナルトを一瞥してパンケーキの一枚へと齧り付いた彼。
「大丈夫、毒は入ってない。」
「…。」
コクりと頷いてから彼の齧ったパンケーキに口を付ければ甘い蜂蜜が食欲をそそる。
気が付けばあっという間に完食してホットミルクも飲み干してしまった。
そろそろ帰るかとお勘定を済ませ、ナルトの家へ戻れば再び二人っきりで向き合うことになる。
「前任の世話役のせいなら仕方ないか。とりあえず部屋の片付けするからベッドに座ってくれるかな?」
そう言ったヒサギはすごい早さで次々と片付けていく。
トイレ掃除や風呂掃除まで抜かりない。
たまったゴミを全て外に出したところで一息吐いた。
「ナルトは普段何食べてるんだ?」
「…そんなの、おまえにかんけいない。」
「それもそうか。」
「もうかえれよ!」
「それは無理だな。教えることもたくさんあるみたいだし、今日から俺もここに住むことにした。」
「うそだってばよ?」
「俺は嘘が嫌いなんだ。」
そんなこんなでナルトとヒサギの奇妙な二人暮らしが始まったのだった。
「ナルト、朝だ。起きろ。」
「…むぅ。」
目をごしごし擦りながら台所へと向かえば、ヒサギがご飯に魚に味噌汁という本格的な和朝食を準備して待っていた。
この数週間全く代わり映えしない毎日にすっかり慣れてしまっている自分がいてギュッと手を握る。
誰も信用しないって決めたんだ。
なのに、こいつは何を聞くわけでも干渉するでもなくずっと一緒にいる。
どれだけ俺が文句言っても怒るわけでもなくただ任務って。
俺はただ任務の対象ってだけ。
それを考えたらなぜか涙が込み上げてきた。
「ナルト、泣きたいときは泣いて良いんだよ。俺が居るから。」
「うそつき!にんむだから、だろ。じゃなかったら、おれなんて…。」
「あぁ、俺の言い方が悪かったね。ほんとは一緒に住むなんて任務にないんだよ。勝手に俺が作ったの。」
「…なん、で?」
「一緒に居たかった、それだけかな。」
「…ヒサギはいなくなったりしない?」
「俺こう見えても強いし、世話役ってのは本当だからちゃんと一緒に居るよ。」
きっとナルトは外敵から身を守るためにあれだけ人を威嚇して遠ざけていたのだろう。
最初にあったときのあの瞳が見たい、そう思ったらなぜか勝手に行動している自分がいて最初は吃驚したが、今ではそれすらもなくなった。
最近はナルトもだいぶ慣れて、ちょこちょこと話しかけてくれたりする。
冷酷非道と言われた俺がこんな風になるとは思いもしなかった、そんなことを考えながら朝ご飯へと手を付けるのだった。
ナルトをアカデミーへと送り出し、ゴミ捨てが済んだら仕事着に着替えてナルトの様子を伺う。
とりあえず24時間の監視である。
クラスメイトとの折り合いが悪い上にその親もあれか。
九尾の化け狐の爪痕。
負の感情を全てナルトに向けることで自我を保っているなんて下らないにも程がある。
記憶が間違っていなければ、自分の両親と兄弟は九尾の化け狐に殺されたが里を守るために入れ物になったナルト自身に感謝すれど憎しみなんて感情を持ったことはない。
それにもう過去の事だ。
いつまでもそこに立ち止まっていたところで役に立たない。
しかし、みんながみんな自分のように考えられるはずもなくナルトに暴言を吐いている。
暴力、それも彼の身体に染み付いている恐怖だろう。
そんな光景を見ていると気付けばそろそろナルトが帰ってくる時間。
家に戻らないと。
そうして瞬身の術で帰宅すれば同時に自分の胸へと飛び込んできたナルト。
彼からここまで大胆なことをするのは初めてだ。
服越しに伝わってくる冷たさで泣いている事がわかる。
あのガキどもに何か言われたのだろう。
「どうしたの?」
「お、れのことまってるひと。いないって、しんぱいになって、だから。」
「俺は待ってるよ。お帰り、ナルト。」
「…ひくっ、ただ、いま。」
「このままお風呂入ろっか?砂だらけだしね。」
優しく抱き上げてナルトの服をするすると脱がしていけば、身体のあちこちにできた痣と擦り傷が目に入る。
あのガキども、火影様の目が届いてなかったら殺してやるのに。
そんな危険なことを考えながらもあくまでナルトの前ではスマートで優しいヒサギを演じ、一緒になって浴槽へと入った。
最初は痛がっていたナルトもかけ湯が効いたのか、気持ち良さそうに目を閉じ身体をヒサギに預けた。
身体と髪を洗い終え、風呂から上がれば元気の出たナルトがパンツ一丁でうろうろしている。
「ナルト、風邪引くから。」
自分は腰にタオル一枚を巻き、ナルトの髪を乾かしながら部屋着へと着替えさせた。
モフモフとしたタオルに包まれながらベッドへと飛び乗ったナルト。
「ふくもふとんもふわふわだってばよ。」
「お日様に干すとふわふわになるんだよ。だから布団とか服もちゃんと洗濯して干してね。」
「…ぅん。」
「明日から任務で2、3日帰らない日があるんだ。だから…。」
「だいじょうぶだってばよ。ひとりはなれてるしな!」
「んー。」
「なにまよってんだったば。にんむなんだろ?いかなきゃだめだってばよ!」
「そうなんだけど。」
渋るヒサギに行けというナルト。
ここまで言われて行かないわけにもいかず、火影に二日間のことを話して里を後にした。
久々の暗殺の仕事だ。
簡単に仕留められているということはとりあえず腕は鈍っていないということか。
任務内容はいたってシンプル。
簡単に事は運び、このままだと明日の昼には里へと帰れるだろう。
そんなことを考えながら目の前の標的に意識を集中させるのだった。