深海の侍人

□蒼い鬼
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万事屋銀ちゃんという看板のある建物一階のスナックお登勢。
夜の店というだけあって柄の悪い男達も出入りしている。
そのため、ちょっとやそっとでは動じない彼女に対して客が逆上することなど日常茶飯事であった。
今回もまた怒らせたのだろう。
怒り狂って隠し持っていた小刀を取り出し、お登勢の目の前へと突きつけている。

「兄さん、そらダメだよ。」

のれんからゆっくりとした足取りで出てきたのは蒼い髪に真っ白な着流しを身に纏った青年で、大きな欠伸を零した。

「その刀早くしまいな。あんたじゃこの子には勝てないよ。」

「んだと!くそばば…。」

そう大声をあげたと同時に持っていたはずの小刀が消え、長かった髪が綺麗さっぱり刈り取られている。
目の前でにんまりと笑みを浮かべているのは先程まで気だるげな表情をしていた青年で、狂喜に満ちた殺気を放っていた。

「もう止めときな。早くのれん下げとくれ。」

「わかった。」

「アンタ、次来るときはもうちょっと礼儀ってもんを勉強してくるんだね。蒼、ご飯はどうするんだい?」

「お腹空いた。」

そう言いながらのれんを手に中へと入るとカウンターの席へと腰を下ろす。
お登勢が慣れた様子で夕食の準備を済ませ、並べていった。
用意されたのはご飯と味噌汁、そして魚の干物と小鉢で小さくいただきますと挨拶をした蒼は箸を手に食事を始める。
上に住んでいる彼はいつでも騒がしいが、一緒に住んでいるこの男は驚くほど物静かな人間で、あまり言葉を話さない。
それは蒼と初めて出会ったあの日からずっとそうだ。
あれは銀時に出会う少し前のこと。
役人に追われていたこの侍は、息を切らしながら路地で蹲っていた。
彼の居る場所には真っ赤な血だまりが出来ていて、すぐにでも手当てをしなくては命に関わるだろうと素人の目にもわかるくらいの出血量である。

「アンタ、大丈夫かい。」

「…。」

「まぁいいさ。そこに居てもすぐに見つかっちまうよ。逃げるところがないなら入ってきな。」

お登勢は背を向けたままそう言うとスナックへと入っていった。
それに続こうか迷っているのか、しばらく動かなかった彼だが、段々と近づいてくる役人の声に小さく溜め息を溢しそろりとした足取りで中へと入っていった。
室内はスナックというだけあってカウンター越しに椅子が何席か並んでおり、入ってくることを見越していたようで救急箱から消毒液やガーゼ、包帯などが準備されている。

「さっさと座りな。」

そう声をかけられ、彼女の座っている椅子の前へと座れば、無言のまま着ていた着流しを脱がされた。
右肩から左脇腹にかけての刀傷は思っていた以上に深く、ポタポタと地面に血だまりを作っている。
そっと消毒液の染み込ませた脱脂綿を当てていくが特に反応は見せず、じっとお登勢を見据えていた。
血の滴る髪に顔中は泥と血で汚れており、物ごいのような身なりをしているため年齢は読み取れない。
ガーゼを当て、包帯を巻き終えると暖かい湯の入った桶にタオルを浸し顔の汚れを落としていけば、思っていた以上に若い顔立ちに驚きを隠せなかった。
きっとまだ十代になったばかりだろう。

「…蒼。」

「?」

「…日向蒼、俺の名前。」

「蒼ね。アタシはお登勢ってんだ。」

「お登勢さん、なんで俺を助けたの。」

「性分ってやつさね。気分はどうだい。出血…ってアンタ!」

いきなり倒れた彼を支えきれず焦りながらも何とか奥の居間まで運び、布団へと寝かせれば、怪我の所為による高熱で魘されているようだ。
あれから数日。
目を覚ます気配もなく辛そうな表情を見せていた彼だったが、お登勢の懸命な看病により、傷も驚くほど早く塞がりを見せていた。

「…んだと、クソババァ!」

「クソババァとはなんだい!アンタの礼儀がなっていないのが悪いんだろう。」

「この!!」

近くにあったボトルをお登勢目掛けて降り下ろした男の腕からボキッと何かが折れるような音が響き渡り、ボトルはそのまま伸びてきた手に取られる。
急激に襲いかかる痛みに叫び声をあげる男に反応して、一緒に来ていた柄の悪い連中が一気に視線をボトルを持った手の主へと移った。
蒼い髪に濃い紫の瞳は真っ白な着流しによく映えている。

「テメェ何しやがった!!」

「手癖が悪いから矯正しただけだよ。見えなかった?」

「矯正だと!!ふざけやがって!」

「ふざけてるのはそっちでしょ。死にたくないならお代と手間賃置いて出てけ。」

その言葉にいきり立った男達は隠していた小刀手に襲いかかるが、意図も簡単に返り討ちに合い、先程と同じようにボキボキと何かが折れるような鈍い音が響き渡った。

「お、俺に手を出してみろ!このババァ殺すぞ。」

片腕折られながらも必死に対抗しようとお登勢を人質に取った男だったが、すぐにそれは一番してはならないことだったと後悔することになる。
先程までとは比べ物にならないくらいの殺気を纏い、腰に挿していた刀へと手を伸ばすとその刀身がきらりと光った。
その光りとともに彼の腕が宙を舞い、地面にぽとりと落ち、痛みで絶叫する。

「蒼、アンタ…。」

「脅しぐらいなら許してやるけど、次お登勢さんに殺意向けたら…。」

「ひぃぃ!!コイツ化け物だ、逃げろ!!」

話の途中で逃げていった男達に小さく溜め息を溢した蒼は痛みで泣きわめいている片腕の男をゴミのように掴みあげると、近くにあった川へ放り込みゆったりとした足取りで戻ってきた。

「…。」

「…。」

「もう動いても大丈夫なのかい。」

「大丈夫、助けてくれてありがとう。」

「気にすることないさね。アンタこれからどうするつもりだい?」

「お登勢さん専属の侍になるつもり。」

「そうかい…って今なんて?」

「俺を用心棒として雇って欲しい。」

「用心棒ったって、ここはスナックだよ。」

「さっきみたいな屑、よく来るんでしょ。お登勢さんのお店は補修されてるとこたくさんある。」

「夜の店なんてどこもそんなもんさね。」

「…俺、必要ない?」

捨てられることを恐れるような子犬の目をした蒼に負け、用心棒となることを了承してから早4年。
あの時のように刀を出したことはないが、狂暴なのは確かで猛犬注意と書いた札を入口に貼ることにした。
これで少しは減ってくれればいいと思いながらキセルへと火を付ければ、無言を貫いていた蒼が視線をこちらへと向けたままじっとしている。

「なんだい。」

「お登勢さん、なにか困ってることあるの?」

「上の天然パーマが家賃を半年も滞納して…。」

「俺が優しく取り立ててくるよ。」

そう言って立ち上がった彼の手は刀に添えられており、優しくする気など無いことはそのギラギラと光る瞳を見るだけで伝わってきた。
それを何とか宥め、布団を敷いていると夜中にも関わらず聞こえてくる戸を叩く音。
先に反応したのは蒼で刀を持ったまま扉を開ければ、新撰組の隊服が目に写る。

「もう店じまいだよ。」

「店に用がある訳じゃねぇよ。」

「なら何の用だい?」

「川で腕のない男の白骨化死体が見つかったんだが何か知らねぇか。」

「知らないねぇ。」

「そこの蒼髪、てめぇはどうだ。」

「眠い。」

「答えろ。」

「知らない。じゃーね。」

そう言ってピシャリと閉め、鍵をかけると大きな欠伸をしながらお登勢の用意した布団に寝そべった。
少し離れたところにお登勢の寝る布団が引かれているのを見て、自分の真隣りへと引き寄せてから目を閉じる。
それは毎日行われていることで、最初は小言を溢していた彼女も今では何も言わずその隣へと眠っていた。
蒼はといえば、布団も着ずに胸元をはだけさせスースーとあっという間に眠りについてしまうほどの寝付きのよさで、お登勢の小言など最初から届いてはいない。
呆れた表情を見せながらも着流しを整え、布団を掛ければ気持ち良さそうに寝返りをうっている。
よく見れば整った顔立ちで、長い睫毛は女性的だが目を開けるとつり目が印象的で初めて会ったときの少年の雰囲気から一気に青年へと変わっていた。
同じくらいだった身長もいつの間にか追い越されている。
子供の成長は本当にあっという間だとそんなことを感じながら目を閉じるのだった。
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