深海の色々
□絶園のテンペスト 1
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愛華が死んでからの真広は死に急ぐように猪突猛進で、自分が怪我するこに躊躇もしない。
元々そういうところはあったとはいえ最近は特に拍車が掛かってしまったようだ。
「…っゲホゲホ。」
「そんなものか、やはり弱いな。」
魔具が無くなり、直接身体に受けた刀傷と腹部への衝撃。
真広の口先からは血が流れ、咳き込むたびに地面が赤く染まる。
生身の人間に防御壁を使った衝撃を当てれば、骨はもちろん内臓にも深刻なダメージを与えるのだ。
このままでは真広は確実に死ぬだろう。
歪な笑みを浮かべる黒服の男は止めを刺そうと真広に近付けば、いきなり弾き飛ばされる。
「何!?」
「あーあ。俺の真広にこんな酷いことしたんだ?殺されても文句は言えないよね。」
「…っ、誰が…てめ…のだ。」
「真広は俺のじゃん。」
そう言って彼が指を鳴らすと意識を無くしたのか、真広が静かになった。
怪我の容体を見ながら軽くため息を溢し、黒服の男へと向き直る。
歪な笑みと殺気だった気配。
瞬きをした瞬間に黒服の男は吹っ飛んでいく。
何が起きたのかわからないようで視線をあちこちへとさ迷わせているが、またもや何処からかの衝撃で吹っ飛ばされた。
「…おせえんだよ。」
「貴様っ!」
「あ゛?」
いきなり目の前に現れた彼は回し蹴りを食らわせる。
速すぎてついていけない彼など相手ではなく、早々に幕は閉じた。
眠っている真広を抱え向かった先は吉野の部屋。
「よーしの!」
「…はぁ、真広。いま何時だと…?」
「ん?」
「真広が二人!?」
「なわけないでしょ、寝てんのが真広。」
「じゃあ貴方は?」
「俺は不破千広、真広の双子の弟かな。血縁関係もちゃんとあるよ?」
「それは見ればわかるよ。…とりあえず真広の手当てしないと。」
「そーいやそうだったね。」
ドサリとベッドに降ろせば少し眉間にシワを寄せた真広だったが、目を覚ますことはない。
清潔なタオルと水で血を落とし肌を露にさせれば、傷痕1つない皮膚が現れる。
あれだけ出血していて傷がないなどおかしい。
魔具を使ってやったのかと思いもしたが、千広と名乗った彼の腕にあるミサンガはそれとはほど遠いものだ。
他に身に付けているものも魔具ではないようで、何が起こったのか理解できないがとりあえず状況整理をしつつ真広を綺麗にしていく。
「のんきだね。」
「え?」
「真広の事。」
「君が寝かしたのか?」
「君じゃない、千広。」
「…あ、うん。千広がしたの?」
「まーね、こんな貪欲に睡眠貪るとは思わなかった。」
「どうやって?」
「俺のこと真広から聞いてないの?」
「…いや、真広に双子の弟が居ることすら今知ったよ。」
「はぁ、大事なことはちゃんと話しといてよね。馬鹿兄貴。」
「…っ、馬鹿兄貴とはなんだ!てめえ、どこほっつき歩いてやがった。こっちはなあ!」
「怒鳴ると傷に障るよ?」
「痛っ!」
「外面的な傷は治したけど、内面的な傷は簡単に治せるものじゃないからね。今はベッドで横になることが懸命かな。」
「…っくそ。」
「真広、寝よっか。」
指を鳴らすと同時に再び眠りに落ちる真広。
やっと静かになったとため息を零し、吉野に向き直った。
「えーっとどこまで話したかな?」
「…まだなにも。」
「そっか、じゃあ力についてから話そうか。俺が使っているのは混沌の魔力。はじまりの樹と絶園の樹で世界は成り立っているのは聞いてるよね?彼らの考えだとその2つのみが世界を作り出してるって感じだけど実際はその2つを制御する混沌の樹が存在するんだ。とはいえ、混沌の樹は人間に干渉してはならないことになってる。だからこそ、混沌の樹に関する情報は何もないんだよ。でも今みたいに理が乱されつつあるこの世の中に不条理が満ちれば混沌の樹は終末に向けて力を発揮する。その代行役が魔法使いの俺ってわけね。はじまりの樹の加護を受ける者は縛られることが多いでしょ?絶園の樹ははじまりの樹があってこその力。でも混沌の樹はその樹自体が媒体であり、力の源。禁忌に触れない限り俺は何でも出来るよ。」
「何でも…人を殺したり生き返らしたりも…?」
「生き返らせるってのは禁忌だから無理かな。でも人を殺すのは容易いよ。そんなことはしないけどね。」
「あいかちゃんのことは?真広はっ。」
「…殺した相手が居るならすぐさまぶっ殺してやる。けど、居ない相手は殺せないからね、今はただ真広に任せるよ。」
「貴方の魔法なら簡単に探し出せるんじゃ?」
「…あぁ、そ…だ…ね。」
いきなり崩れ落ちる千広の身体。
額を触れてみても熱があるようには思えない。
辛そうに胸を押さえ、荒い吐息を繰り返しているだけだ。
しばらく支えていると呼吸音も大分落ち着き、そのまま深い眠りへと入ってしまう。
これは困ったことになったとため息を零しながら自分も少し休もうとクローゼットから予備のタオルケットを二枚だし、一枚は千広にもう一枚は自分がくるまり静かに目を閉じるのだった。