深海の色々

□クレヨンしんちゃん 1
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あんなに小さい5歳児だった彼らも10年経った今では高校1年生になっていた。
春日部防衛隊として集まっていた5人もいつの間にか1人また1人と減って今では野原しんのすけ、ただ1人である。
最初に居なくなったのはエリートである風間トオルで小学校に上がるのと同時に私立へと入学したこともあり自然と会うこともなくなった。
1人減るとトントン拍子で離れていく彼らをただ笑顔で見送ったのは何時のことだったか。
小さい頃よく遊んだ公園のベンチに座り、懐かしげに遊具を眺めてから切り替えるように勢いよく立ち上がる。
ベンチの脇に投げ捨ててあった薄手のスクールバックを手に取り、学校への道を歩き始めた。

「お前坊ちゃん高校の奴だろ。俺らに金恵んでくんね?」

「知らない人にお金なんか恵めない。」

「はぁ?お前は黙って金だしてりゃ良いんだよっ!」

振り上げられた拳が腹部に入り、何度も咳き込む彼。
ニヤニヤと笑みを浮かべている彼らに腹も立つが、暴力を振るわれて怖くて怖くてたまらない自分がもっと腹立たしくて目に涙が浮かんでくる。

「だっせぇ、こいつ泣いてやがる!」

「…そーいうのよくないと思うゾ。」

「あ?」

いきなり聞こえてきた声に振り向いたのと同時に顔面に一発。
それだけで意識を失ってしまっているところを見ると相当強い拳だったのだろう。

「てめぇ!!」

「やめといた方がいいよ。」

「んだとっ?」

「…しんのすけー、来んの遅い。」

「お、ゆーり君も混じる?」

「ゆーりって北校の奴かよっ。やべ、逃げるぞ。」

赤茶の髪をした少年を見ただけで逃げ出す彼らに反応して起き上がったエリート高校の制服を着た彼。
腹部の痛みはあるが、これくらいなら問題ないだろうと自己判断を済ませてから彼らへと向き直った。
しんのすけと呼ばれた彼は茶色の髪にピアスをしており、普段の自分であれば関わりを持たないタイプである。
しかし、助けてくれた相手にお礼も言わない最低な人間ではない。
ぐっと拳を握り、口を開こうとした。

「風間くん、大丈夫だった?」

「へ?」

「こんな所で会うなんて奇遇ですなぁ。」

「な、何で僕の事知って…。」

「んもー、トオルちゃんったら俺の事忘れちゃうなんて酷すぎるわぁ。」

「まさか…しんのすけなのか?」

「そーだとも!」

「お前、変わったな…。」

「そーぉ?中身は変わんないんだけどネ。」

「確かに、しんのすけの中身は昔のまんま。風間くんお久。」

「ゆーりってまさか、雨宮ゆうり?」

「俺達親友、イエイ!」

双葉幼稚園でよく二人がやっていた親友のポーズ。
しんのすけがヒーローのポーズを取り、ゆーりが怪獣のポーズを取るそれ。
いつも無表情の彼がそんな事をするとは思ってなかったあの頃はその違和感に固まっていたっけか。
未だに変わらぬ仲であることが酷く懐かしくなって、気付かないうちにポロポロと涙が流れていた。
ママが喜ぶようにと勉強を頑張り、私立の小学校に入学。
最初のうちは家が近いこともあってしんのすけ達に会って居たが、周りにあんな低レベルのと友達なのかと聞かれ幼稚園が一緒だっただけであんな変人なんかと友達じゃないと答えてしまって、それを聞いてたしんのすけの傷付いた表情は今でも忘れられない。

「風間くん?そんなに痛かった?」

「違っ…なんで、なんで僕なんか…助け…お前…傷付け。」

「なーんだ!まだそんなこと気にしてたの?あの頃は俺もわかってなかったからネ。気にしなくていいよ。」

「…。」

「大丈夫。今の俺にはゆーり居るし、風間くんが嫌ならもう近づかないよ。」

「違っ…僕はずっと後悔してた。しんのすけ、ごめん。本当にごめん。」

「だーかーら。謝らなくていいんだってば!風間くんさえ良かったらまた飯でも食べに行こうよ。な、ゆーり!」

「俺、お邪魔虫?」

「そんなことないゾ。ゆーり、俺達親友!だろ?」

「うん、風間くんも俺達親友だよ。」

「ぼ、僕は…。」

「そんな真面目に考えなくていいゾ。あ、そろそろ学校行かないとやば。今月遅刻何回目だっけ…?」

「…さぁ。」

「はあ…。ゆーりは俺が迎えに行かなかったら学校すら行かないんだからー。」

「今日は俺が迎えに来たじゃん。」

「それは俺が行く前に電話したからじゃない?」

「まーそうだけど。」

そんな受け答えをしながらも視線は遠くへと移っていて、すでに違うことを考えているのだろう。
しんのすけはわかっているらしく、それ以上何も言わず風間へと視線を動かした。

「風間くんのところは今日休み?」

「…。」

「あれ、聞いちゃ不味かった?」

「そういう訳じゃないさ。ただ、何となく行く気が起きなくてね。」

「そういうことあるよね。」

「ゆーりは毎日そうデショ。」

「まぁそうかも。」

「もしかして何かあったの?」

「別に特には。それよりお前達学校はいいのか?この時間じゃもう遅刻…。」

「そうなんだよねぇ。もう遅刻は出来ないから。」

「サボっちゃえ。」

ピースサインを目の横へ持ってきててへぺろの表情をするしんのすけと無表情のまま同じようにピースサインをするゆーり。
息はぴったりである。

「おばさん怒らないのか?」

「みさえのこと?俺の事はもう諦めてるらしいゾ。」

「ゆーりのとこはいいのか?」

「俺、1人暮らしだから問題ない。」

「一人暮らし!?高校生なのに?」

「だから俺入り浸り。」

「親がよく許したな。」

「向こうから提案してきた。面倒見きれないらしい。」

「え…悪い。なんか余計なこと聞いちゃったな。」

「??気にすることないゾ。ゆーりの場合自業自得ってやつだしネ。」

「ひどーい。」

「小中と毎日のように警察に呼び出しくらったり、パトカーが家の前に止まってりゃノイローゼになるデショ。」

「そー?」

「そりゃなるだろ!!お前何やらかしてたんだよっ。」

「何って売られた喧嘩買ってたらそーなった。」

「だから北校のゆーりって言ったらこの辺じゃ超有名人なんだヨ。」

「だからさっきの奴等も逃げていったのか…。」

「そ。風間くんさえ良ければ、俺の名前出して。そしたら殴られなくても済むと思うよ。」

そう言ってジャングルジムの一番上に登り、腰かけふわぁっと大きな欠伸を溢した。
遠くの方で聞こえてくる校内放送がやけにリアルに聞こえ、感じたことのない違和感に襲われる風間は後悔に苛まれているようだ。

「後悔してる?」

「そ、そういう訳じゃないけど。学校を無断で休むなんて初めての経験だから…。」

「俺らしょっちゅう休んでるから慣れたのかなぁ。」

「そーかもね。」

「そのうち留年じゃない?」

「そこは計算済み。」

「え、そうなの?」

「しんのすけが。」

「俺か!」

そんな漫才を繰り広げながら同じようにジャングルジムへと登り始めたしんのすけ。
そんな彼を見て場所を開けるべく少し横へずれるゆーりに笑みを浮かべる。

「ゆーり。俺らはずっと一緒だゾ!」

「おー。」

「春日部防衛隊、ファイヤー!」

「ファイヤー。」

「…懐かしいな。」

「俺らはまだ春日部防衛だゾ!」

「そうなのか?」

「今はゆーりと俺だけ。ま、気にしてないけどネ。」

「俺じゃ満足できない?」

「そんなことないゾ。ゆーりは最高のメンバー!」

「ふーん。」

「なんだよ、その言い方。」

「どーせ俺はみんなの代わりになれないのは知ってるから。」

「バーカ。そんなわけないでしょー。」

「しんのすけ。」

「ん?」

「俺、ちゃんと身の程は弁えてるよ。だからさ。その日が来るまで隣にいさせてね。」

「身の程って…なんのこと?」

「さぁなんだろうね。」

この会話がされてから1ヶ月。
風間としんのすけとの出会いがきっかけとなり、昔のカスカベ防衛隊が集まるようになっていた。
最初は近くで見ていたゆーりだったが、しんのすけの楽しそうな表情に少しずつ距離を取り始め、気付いたときには隣から居なくなっている。
LINEしてみても既読もならず、アパートも応答がない。
身の程ってそういうことかよと舌打ちをしながら彼を探し回っていると、初めて来た公園に彼の姿を見つけた。

「ゆーり!」

振り向いた彼の姿に動きを止める。
遠くからは分からなかったが、黒い制服が赤黒く変色するほど血を含み、一瞬彼が怪我しているのかと思った。
しかし、それはすぐに返り血だったことを知る。
後ろに倒れているのは隣町の不良軍団でいじめや恐喝といった目に余る行為ばかりをする最低な奴の集まりだった。

「大丈夫か?」

「よゆー。何か用?」

「急に居なくなってどういうつもりだよ。」

「急ではないよ。ちゃんと徐々に離れたつもり。」

「そういう問題じゃない。」

「言ったでしょ。俺は身の程を弁えてるって。」

「ふざけんな!ゆーりはゆーりで他のみんなの誰にも代わりなんてできない。俺はお前が思ってるよりずっと大事に想ってる。」

「…。」

「それでも離れたいっていうの?」

「…だって…俺は…。」

「だってなんだよ。俺がゆーりを誰かの代わりにして一緒に居たと思ってたのかよ!?それって俺のこと信頼してないって事だゾ。」

「そんなわけない!俺はただ…。」

「どうせ人付き合いが上手くないから迷惑掛かるとでも思ったんだろ。」

「…。」

「俺はゆーりのそういうところも含めて大好きだゾ。」

「…。」

「わかった?」

「…ん。」

軽く頷いたゆーりの身体を支えれば、肩口に頭を預け大きなため息を溢す。
連日の喧嘩三昧に流石に疲れたと休息を求めているのだ。
彼のアパートに戻れば、ここ一ヶ月ずっと帰っていなかったのだろう。
綺麗好きのゆーりにしては珍しく埃だらけで、床を歩く度に足跡がついている。

「ずっと帰ってなかったの?」

「…ここにいる意味なかったし。」

「意味?」

「…。」

「はぁ。ゆーりは相変わらずだネ。」

そんなことを言いながらベッドに寝かせると身体の力を抜き、沈むようにして目を閉じた。
あれから数時間。
相変わらず、死んだように静かに眠るゆーりを時折心配そうに確認しながら持ってきていたグラビア雑誌に目を通す。

「…。」

「起きた?」

「…帰ればよかったのに。」

「酷いなぁ。俺がここに居るの嫌なの?」

「…暇だったでしょ。」

「全然。それよりご飯食いに行こ!俺、今日はガッツリ焼肉の気分だゾ。」

しんのすけのその言葉で身体を起こしたゆーりは気怠げにしながらクローゼットからTシャツとGパンを取り出し制服を脱いでいく。
筋トレなどするようなタイプではないが、筋肉の付いた腕に割れた腹筋。
所々喧嘩でできたであろう赤黒い痣はあるが、同性でも見惚れてしまうほどの肉体美だ。

「…しんのすけ?」

「っ。」

「体調悪い?病院行く?」

「そんなんじゃないゾ。ゆーりが遠くに見えただけ。」

「…俺が遠く?天地が引っくり返ってもありえないから大丈夫。焼肉、どこ行く?」

「いつものとこ?」

「じゃあ行こっか。」

「おう!なぁ、ゆーり。」

「?」

「こんなこと二度とゴメンだぞ。ゆーりはずっと側に居てくれるよな…?」
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