Long Novel
□Valentine's Day T
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今、聞こえてきた会話の流れからすると。
(……幕之内さんは菜々子ちゃんの事が…)
「ぼ、僕ロードワーク行ってきますっ!」
突然幕之内さんの声が近くに聞こえたので、急いでジムの壁に身を隠す。
そして影からちらりと、ジムから出てきた幕之内さんの様子を伺うと…。
そこには、顔を真っ赤にして走り去る彼の姿があった。
(……っ。やっぱり、そうなんだ)
力の抜けた私は、しばらくその場に座り込んでしまう。
顔を埋め、ただひたすらにぐっと涙を堪えた。
「じゃあ、練習頑張って下さーい!」
…どれだけ、そうしていただだろうか。
菜々子ちゃんの声にハッと気が付き、彼女が出て行ったのを確認すると、
(…青木さん達に、渡さないと)
重い腰を上げ、ジムの扉をゆっくりと開けた。
その扉はいつもよりずっしりと、重く感じた。
「こんにちは…」
「あっ、久美ちゃんじゃねぇか!
生憎、一歩は今走りに出て行った所でよ。
待ってたらすぐ帰ってくると思うから…」
私は、青木さんに向かって必死に笑顔を作る。
自然に、笑えているといいのだけれど。
「いや、いいんです。
今日は皆さんに、渡すものがあって」
―――
真っ暗な、冬の道。
ジムの人達にバレンタインのプレゼントを渡した私は、一人ぽつぽつと家に帰っていた。
紙袋の中には、渡すはずだったマフラーが入ったまま…。
時々吹く、冷たい風が身体にひんやりと染みた。
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