お伽噺ー零ノ域ー

□燻った未来
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カタカタと木製の車輪が獣道をゆっくりと通り抜ける。静かな森の中、大きすぎる荷物を大の男三人と小柄な男一人で運んでいた。出っ張った小石に時々躓いたり所々狭い道もあったが、何とか看破して目的地まであと少しだ。

皆神村の入り口に立っている艶やかな黒髪の女性を見つけた瞬間、小柄な男は微笑んで森を走り抜けた。



「凍花さん!お久しぶりです!」

「よっ壬生!久しぶり。大きくなったな〜」



久方ぶりに会った友人に凍花は笑顔で出迎えた。



「まさかあんたが荷物を運んできてくれるとは思ってなかったよ。ご苦労様」

「ふふ、ご当主に凄くお願いしました。これが納品一覧表です。確認をお願いします」

「はいよ。あ、悪いんですけど荷は坂を下って右手にある馬小屋の中に運んでもらえますか?皆さんの出入りの許可は既に村長に取ってありますので」



壬生からびっしりと文字が書かれた紙を受け取り、荷物運び屋さん達に村の中まで運ぶよう指示を出した。ああ、またあの布たちを更に黒澤家まで運ばなければならないのか。

面倒くさいな。どうせなら黒澤家まで運んでほしいのに。



「凍花さんってこの村の一番大きなお屋敷に招かれたんですよね?ならそこまで運びますよ」

「んー…そのほうが有り難いんだけどさ、村長があまり外部の人を村の中に入れたくないみたい」

「そうなんですか?」



壬生の有り難い申し出に私は苦笑するしかなかった。

本当は今日の荷物搬入だって荷車が来てもいい限界は鳥居の外までだったのだ。しかし膨大な布を積んだ荷車なんて重いに決まってるだろう。だから何とか良寛さんを説得して馬小屋までならと許可をもらったのだ。



「…よし、頼んだものは全部ある。確かに受け取った」



胸元に忍ばせていた朱肉を取り出すと、親指を朱に押し付けて紙にピッと判をした。それを壬生に返し、不備がないか確認すると彼はにこっとして紙を懐に押しやった。



「お疲れ様です。これが凍花さんの初舞台ですから頑張ってくださいね!」

「舞台って…役者じゃないんだから」

「え、初陣の方がよかったですか?」

「いやあのね…ぷ」



壬生との間に起こるこの微妙に噛みあわない会話が懐かしくて思わず吹き出してしまった。昔からこいつは浮世離れしてんだよなぁ言葉が。



「ここで凍花さんが頑張ればご当主はきっと貴女をまそほ屋の時期後継者として認めてくださいます!実力のある方が店の看板を背負えるんです!…じゃなきゃ、俺の心が張り裂けてしまう」

「壬生…」



壬生は一瞬だけふっと顔を翳らせた。けどすぐにいつもの穏やかな笑顔に戻る。



「でも、俺は何があろうと凍花さんにずっとついていきますから!」



この笑顔に、言葉に、私はいつも救われてきた。

壬生と出会ったのは高校生の時だ。

自分でも理解しているが、性格に難がある私は高校時代ずっと一人で日々を過ごしてきた。まあ家業を手伝いながらだったからクラスメートと接する時間が少なかったというのもあるし、私個人が人と仲良くするのが苦手だったということもあるけど。孤独だったけど苦ではなかった。寧ろ一人の方が楽だった。

そんな私は図書委員長を務めていたお蔭で学生生活の大半を図書室で過ごした。古いうちの学校の図書室は利用者が皆無に近く、いつも無人状態で私の安らぎの空間となっていた。そんな私のオアシスに突然、足を踏み込んで来た男がいた。

それが壬生。



『俺…ここにいてもいいですか』



それがあいつの第一声だった。



『あ…ああ、どうぞ』

『…すみません』



人が来たことに驚いた私に壬生は一礼すると、私の目の前をふらふら横切って図書室の隅っこに体育座りをした。黒い髪に一房ある白髪がなんとも印象的だったけど、それよりも沢山椅子があるのになぜか床に座って動かなかった壬生の態度が不思議だった。ただならぬ壬生の様子に読書を続ける訳にはいかず、仕方なく席を立ってやつの目の前に立った。ビクッと肩を震わせる壬生に私は眉をしかめる。




『私は図書委員長の京極凍花。3年。君は?』

『…壬生、恭四郎です。3年生…です』

『壬生恭四郎?聞いたことないな』

『俺…ずっと入院してて…最近復学しました……』



ああ成程と頷く。道理で知らないわけだ。それにさっきから気になっていたがやけに白い肌や小柄な体躯は彼が入院患者だったからなのか。



『なら席に座ったらどう?こんなにあるんだからさ』

『お、俺なんかは床で十分です…ここにいさせてくれるだけで有り難いです…』

『はぁ?何その言い方…まるで教室には居場所がないみたいじゃないの』

『!』



サッと壬生の顔色が変わる。私はどうやら一発で真実に触れてしまったらしい。



『なんで?』

『…お、れ……』

『え?うわ!何で突然泣くんだよ!』



体育座りしたままで壬生の目からはポロポロ涙が溢れだした。私は慌ててハンカチを取り出したけど、



『俺に、触れちゃ、ダメです』



私の優しさは断られてしまった。



『いや、だってあんた…』

『俺に触れたら…病気が移りますよ』

『!…伝染病だったのか?』



伸ばしかけていた手を私は止めた。壬生は弱々しくふるふると首を振る。
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