お伽噺ー零ノ域ー
□斜陽の視野
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どうやら最近ツイてないようだ。
「ぐぁぁ…っ寝違えたぁ」
グググと痛む首を抑えて一人呻き声をあげた。昨日手紙を書いてついうたた寝してしまった私は夜眠れないという現象に陥り、蝋燭の朧気な灯りを頼りに着物の仮縫いをしていた。夜にぼんやり浮かぶ灯りって怖いよね。自分が見ている光景が夢か現かの判断が鈍くなる。そんな記憶が朦朧としてきた頃、無意識に眠ってしまったらしい私は朝起きたらきちんと夜の体制のままだった。
つまりだ。脚は崩していたからいい。針も布に刺しっぱなしだったからいい。いや、よくはないけど。首が、首が。重力に従順だった。
「下向きに寝違えるならともかく…視界が右に傾いてちゃぁ今日は仕事が出来ないな」
やれやれと肩を竦める。布が足りなくなってたから届くまでは猶予があるからいいけど、仕事をしないと退屈でならない。こう言っては失礼だけど皆神村は娯楽道具がないから比較的都会からきた私には少々物足りなさを感じる。
さて、何をして時間を潰そうか…?
「お!」
前方に渋い緑の柳の着物を着た宗方を見つけた。…いつも思うが着物のチョイスが渋すぎやしないか?
「宗方。何してるんですか?」
「ああ凍花か。おはよ…ぎゃあ!!」
「ぎゃあ!?」
振り返った瞬間宗方が奇声をあげたので私も驚いて奇声を上げてしまった。心臓がバクバクと跳ね上がる。
「何ですか驚かさないでくださいよ!心臓に悪い!」
「それはこっちの台詞だよ…お前、どうしたんだその顔の傾きは」
首の骨が折れた幽霊かと思ったよ、と暴れる心臓を落ちつけながら宗方は言った。私はハッとしてバツが悪くなって目を反らす。
「寝違えました」
「盛大に寝違えたもんだな…90度は軽く曲がってるんじゃないか?」
「それは軽く死んでますね、私」
「ふ…そう睨むなって。冗談だよ」
けらけら笑う宗方をどついてやろうとしたけど視界が曲がっている為に距離感がつかめず、断念する。あー首痛い。舌打ちしたい思いをグッと堪えた私の目に宗方が持っていた古い書物が目に入った。
「何ですかそれ」
「ん?あー…資料」
「見りゃわかるっつの。内容を訊いているんですよ」
奴の中途半端な説明に呆れて溜め息を吐いた。しかし宗方の顔がまるで触れてはいけないことに触れたような…言いたいけど言えないような、言葉を惜しんでいるような複雑な表情をしていたので私は顔つきを変えた。多分、いや間違いなくそれはこの村に関係ある資料で、かつ人目がつくところで話せない内容ということだ。しかし宗方の表情を見るに"話したくない"のではなく"話せない"内容なんだと思う。
私は深くをここで聞かず、どうすれば宗方からその内容を聞き出せるのか言葉を選びながら考えた。もしかしたら菊代おば様から返事が返ってくる前にこの村の謎が解けるかもしれない。
「随分薄い資料なんですね」
「これは一部に過ぎないからな。他は宿泊の部屋にあるんだ」
「ああ…だから真壁さんもアンタも中々部屋から出てこないんですね。ヨッ引きこもり」
「おま、それ先生に失礼だろ!仕方ないんだ。部屋に書物が十二分にあるからさ、解読するのに結構時間がかかって…」
「ふぅん…そんなにあるんですか」
私の部屋は一階の物置と二階の衝立(ついたて)の部屋を宛がわれたから宗方たちの部屋まで遠い。そもそも方向が真逆だし。だから一度も彼らの部屋に訪れたことが無かったが…。
「じゃあ今日は二人の部屋にお邪魔しようかなぁ」
「…は?仕事は?」
「こんなに首が曲がっていては正確に針が刺せません。駄目?」
私の提案に宗方は暫く考え込む。真壁さんのことを考えると、もしかしたら無理かなー…
「うーん……凍花ならいいか。おいで」
「!」
宗方はあっさりOKしてくれたので思わずガッツポーズが出そうになって慌てて抑えた。ふっ…この男、チョロイな!
「…って何、その手」
「そんなに首が曲がってたら歩き辛いだろ?」
だから、と言って差し出された手に私は迷った。確かに少しふらふらしてしまうけど歩けないことはないし、何よりこっ恥ずかしい。チラ、と宗方を見る。奴は善良な微笑を浮かべながら私が手をとるのを待っていた。これ完全に奴の親切心からきた悪意なき行動だ。
クッ何の羞恥プレイだ…!
「こなくそー!」
バチーン
「いった!?何で叩きつけんの!?」
宗方の手を取るにはとった。…私の手を叩きつける感じで。
これならいいでしょハン!宗方の好意を無下にせず私の羞恥心を知られない最善の選択よ!!
…結局、宗方の部屋まで行くのに数人の家人に見られて恥ずかしい思いをするのはここから数十秒後の話。
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