お伽噺ー零ノ域ー
□金木犀に包まれて
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自分で言うのも何だけど、私の神経は図太い。
夜は夢なんて見ないくらいぐっすりだし、有り得ない事が起きてもすぐに冷静に脳が動き出し、ありとあらゆる情報を駆使して"有り得る事"に変換してしまう。
幽霊だって信じない。あれは目の錯覚。
UFOだって信じない。あれはUFOがいたらいいなと考えるドリーマー達の妄想。
「なら、私が見たあの蒼白い手は差し詰め太陽の細い光ってとこですかね」
つまりは私の幻覚ってことで。
「凍花さん大丈夫?今冷えたての西瓜切ってもらったんだ。食べられるのならどうぞ」
「わぁ有り難うごさまいます!西瓜大好きなんですよ〜」
いただきます、と言ってパクッと真っ赤な西瓜にかぶりついた。
種が少ないのに赤く、瑞々しくて甘い西瓜の果汁が口内いっぱいに広がる。冷え冷えの果汁は狼狽で渇いた喉を潤してくれた。
「美味しい〜っ」
「現金なやつだよ、お前は。すっかり顔色が良くなったな」
「初めての仕事だからとはりきったのがまずかったですかねぇ。疲労困憊ってやつですか」
食べている最中にふにふにと指で頬をつつかれウザいなと思ったけど、西瓜食べたさにグッと我慢した。
此処は立花家の客間。
顔が青いと言われ黒澤家に帰る前に休ませてもらっているのだけど、私が井戸で見たものが錯覚だったと言うのなら怖いものなどない。
今が旬の西瓜を頬張り、夏を堪能中。
「西瓜ならウチに沢山あるからいつでも食べに来てね」
「本当ですか?なら毎日通っちゃいますよ」
「くす…子供みたいなのは凍花の方だね」
「!(笑った!やっと睦月くんが笑ってくれた)」
頑なにツンとした態度をつらぬいていた睦月くんだったけど、三人で仲良く喋っていたのが羨ましかったのか、観念したかのようにくすくす笑いだした。
ほっと安堵する。
昔から人付き合いが苦手な私は素直になる術というものを持ち合わせていない。だから咄嗟に謝れないし、お礼も言えない。
直さなきゃって思うんだけど、これがなかなか強敵で。
「(よかった〜一応怒りは治まったみたいね)」
「兄さん、折角だから千歳も呼んで皆で西瓜を食べようよ」
「うん。僕もそう思って、声をかけたんだけど……」
千歳……?
あぁ、お手玉の時に言ってた妹さんの名前ね。
私が一人納得している間にも樹月くんは私と宗方を交互に見てどうしようかと考えあぐねていた。
何を悩んでいるのだろう?
「どうしたんですか?」
「あー、その…妹の千歳を二人に紹介しようと此処に呼んだんだけれど……」
樹月くんは歯切れ悪く言葉を紡ぐと、困ったようにちらっと戸の隙間を見つめる。
つられてその視線の先を見ると
パチッ
「あ」
「…っ!」
黒くて真ん丸い瞳と目が合った、と思ったら少女はバッと隠れてしまった。
宗方も目撃していたらしく、目をぱちぱちしている。
「あれが千歳ちゃん?歳、離れてるんだな」
「うん…そのせいか極度の人見知りになっちゃって。ほら、この村って子供が少ないでしょ?千歳と同じ年頃の子は中々居なくて…」
確かに、と思う。
私が訪ねた逢坂家に子供が居たには居たが皆幼かった気がするし、黒澤家の八重・紗重お嬢さんは樹月くん睦月くんと同い年だろうし…
「…………」
いっちょやりますか。
スッと袂を直し居ず舞いを正した。
「千歳ちゃん」
「っ(ビクッ)」
「――――おいで」
ポンポンと青柳が施された膝の上を優しく叩く。
千歳ちゃんを怖がらせないように、極上の営業スマイルでにっこり微笑んだ。
しかしそう簡単には部屋に入って来ず、ちらちらと西瓜に視線を送っている。しめたとばかりに西瓜に手を伸ばした。
「………!」
「此方で一緒に西瓜食べよ?」
「……っ」
「ぜーんぶ、私が食べちゃうよ」
「ぁ……」
もったいぶるように、焦らしながら克つ美味しそうに西瓜を咀嚼する。
あ、やっぱり西瓜美味しいなぁ
「……ぅー…っ」
カタン
タタタタタ…
ポスッ
「…すいか、全部食べちゃダメ…」
「はい」
膝の上で西瓜を頬張る千歳ちゃんの頭をよしよしと撫でる。あれほど人前に出ることを躊躇っていた千歳ちゃんがあっさり部屋に入ってきた事に男三人はぽかーんとして成り行きを見ていた。