お伽噺ー零ノ域ー

□金色の八重桜
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忙しい。



「では、黒地に姫百合があしらわれた着物で良いんですね?」

「はい。お願いします」

「こっちは子供用で頼むよ。男が着るやつで青系が一着、緑系が一着。女の子用で桃色一着」

「はい、わかりました。模様の希望はありますか?」

「いや特には。良いやつ頼むぜ!」

「お任せくださいっ」



肩をバシバシと叩き豪快に笑うガテン系の父親に、私はべっとりと営業スマイルを貼り付けて笑った。



「……………ふぅ」



そして目の前から人が居なくなった途端に肩から力を抜く。几帳面に文字を列ねた要望リストをチラッと一瞥して、大きく溜め息を吐いた。



「…この量をひとりでやるとか……気が遠いー…」



皆神村に着いて丸一日が経った。

黒澤家当主・良寛さんのご厚意で黒澤家に暫く滞在することになった私は、依頼通りまずは村人の皆さんがどんな着物が欲しいのかを調べるために、朝から逢坂家にお邪魔していた。

流石に村全部の希望を聞いて回るのは骨が折れるので、家ごとにまとめて訊いていくことにしたのだ。宗方によると、逢坂家は黒澤家の分家の中で一番家が小さく人も少ないって言ってたから。

この村に来て最初の仕事だと頑張っていたのだけれど……



「逢坂家だけで二十着は超えてるなぁ。分家の一つだけでこの量だと……」



黒澤家の番が来たら私死んじゃうな、これ

遠すぎる最終目標地点に私は意識を飛ばしかけた。流石は閉塞な村と言うか、新しい反物という言葉に敏感であれよあれよといううちに沢山の着物を頼まれてしまった。

一人一着くらいなのかなーと軽く思っていた私が馬鹿だった。



「まあいいや。別に期限があるわけじゃないから地道に片付けていこう」

「あ、凍花さんおはよう」

「あら樹月くん。おはようございま…す……え?」

「………おはようございます」



え、何ドッペルゲンガー?

昨日仲良くなった立花樹月くんに背中から話しかけられ、笑顔で振り向いた瞬間に固まってしまった。

最後にぽつりと挨拶をしてくれた樹月くんの隣にいるもう一人の樹月くん?を見て口をあんぐり開ける。

樹月くんが二人…

何だ何だ、私の幻覚か?



「もう、睦月!いくら寝起きだからって少しは愛想よく挨拶しなきゃ駄目だよ」

「んー……」



樹月くんそっくりの艶やかな黒髪を揺らしながら、もう一人の樹月くん?じゃない睦月くんだっけ?は眠たそうに目を擦る。

見れば見るほどそっくりだ。肌の白さも目の大きさもおんなじ。

双子…か。

睦月くんに世話焼く樹月くんを見ていて現実に返ってきた私は、妙に冴えた目で二人を見た。



「驚きました。樹月くんは双子だったんですね」

「うん。紹介するよ。僕の弟で…」

「立花睦月。よろしく」

「京極凍花です。こちらこそよろしくお願いします」



ぺこりと頭を下げる。

睦月くんはふわっと笑った。



「(わ…綺麗な顔〜)」

「ところで凍花さん、何か手伝うことはない?一人で村人全員の着物を作るのは大変でしょ。僕、裁縫は出来ないけど型通りに布を裁つ事くらいなら出来るから」

「い、樹月くん…っ」



照れたようにはにかむ樹月くんに私はぶわっと泣きそうになった。

なんて天使なんだこの子は!

宗方なんて昨夜反物の整理をしていた私を見て「大変だな」の一言だけを残し自分はさっさと寝てしまったのに!反物一つって結構重くて数十種類持ってきてた私はそれらを持ち上げられないから畳の上をズリズリ引っ張りながら整理してたのに関わらずあいつは!



「凍花、それ以上強く握ると折れるよ」

「は!」



睦月くんに指摘されて慌てて手の力を抜く。

危うく少しお高めの筆(万単位)を握り潰してしまうところだった。



「凍花、俺も手伝う」

「駄目だよ睦月。また何かあったら…」

「(…また?)」

「大丈夫だよ。兄さんは心配性過ぎ。何でも言ってね凍花」



樹月くんの悲哀を含んだ眼差しに柔らかい笑みで返して私を見た睦月くんに「あぁ…うん」という生返事しか出来なかった。

睦月くんに何かあったのだろうか…?



「え、と……じゃあ早速手伝ってもらってもいいですか?」



あまり余計な詮索はしないほうがいいのかな、と思い折角だから手伝いを提案した。

睦月くんは嬉しそうにコクりと頷いてくれたけど、それを見ていた樹月くんが複雑な顔をしている。

…そういえば

昨日も樹月くんはこんな顔をしていた気がする。

何でだっけ……


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