お伽噺ー零ノ域ー

□始まりの銀朱
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京極凍花 18歳 高校卒。

今年の春に家業の呉服屋を継ぎ、立派な社会人として新しい生活をスタートしました。

そんな18歳にもなったいい大人が、とある失態を犯しました。




「…迷った………」




そこかしこ見渡す限り木、木、木、森。限り無い森。

道なんて何処にもなくて、私の足許は人が踏んだ形跡の一切ない叢(クサムラ)が広がるばかり。

来た道を戻ろうにも、何処から来たのかさえ忘れてしまった。



「あぁ…っこんなことなら家で黙って仕事してればよかったぁ。出張での依頼なんて受けなければよかったぁああああ!真壁さん、宗方〜っ!」



途中まで一緒に行動していた筈の師弟の名前を叫ぶ。

否、師弟って言うと語弊があるのか……

真壁清次郎さん。民族学者の方で、私が今向かっていたはずの目的地・皆神村の秘祭…とやらを調べに来たらしい。正直私は幽霊とか信じている部類の人間だから、真壁さん話を聞くのは凄く楽しい。見た目は厳ついのに意外と話術に長けた先生だ。

職業柄面識は皆無だった私と真壁さんだけど、ある共通点を有して出会い共に皆神村へ行くことになった。

共通点・宗方良蔵。私の高校の先輩で、真壁さんの助手を務めている。先輩といってもOBだから一緒に学校生活を送ったことはないけど、ちょくちょく彼は高校に訪れては資料室を利用していた。図書委員長という輝かしい肩書を持っていた私はよく宗方と会話する機会に恵まれ、高校を卒業した後も縁(エニシ)は切れなかったようで、やがては仕事にまで影響をきたした。

真壁さんと宗方は秘祭を調べに皆神村へ。

私は仕事の依頼を受けて皆神村へ。

時期も場所も見事に重なってしまった私達は、宗方の提案により三人で皆神村へ行くことになった。

三人で……行くことに…………




「あぁあああ!それなのにはぐれるとか…っもう!」




未知の樹海に、出口を探し求めて歩く勇気も、誰かが探しに来てくれるのを待つ勇気もない私は、ただひたすらにこの場に独りでいることが歯痒くて大声で叫んだ。

分かってる。悪いのは私だ。

村に向かう道中、一匹の赤い蝶がひらりと眼前を横断した。私の拙い知識には白・黒・黄・青の蝶が生存していることは知っていたけど、赤い蝶なんて初めてで、思わずふらふらついていってしまったのがいけなかった。

あっという間に私は迷子。肝心の蝶は消え、右往左往も分かりません。

まだ昼間だというのに仄暗い森はまるで深い深い海のようで、自分が深海に堕ちていってるんじゃないかとそんな錯覚にまで陥ってくる。

脂汗を拭おうと袖を持ち上げた瞬間、パキッと小枝が折れた音がしてサッと顔を青ざめた。


……………え、…出た?



「え、ちょ、幽霊さん?まだ心の準備が……」

「誰かいるの?」

「ひぃやぁあああ!って…」



はた、として大きな大木を見つめる。

普通に言葉を話していたんだから幽霊な訳ないじゃないか。冷静に頭の中を整理していると、悠然と構えている大木から小さめの人影が姿を現した。

青年と呼ぶには若く、少年と呼ぶにもどうも大人びた顔をしている。

だがしかし見目は麗しく、透き通るように白い肌は暗い森の中でもよく目立った。



「肌きれい……じゃない!私、皆神村に仕事を依頼された呉服屋の京極凍花と申します誰とは存じませんが助けて下さい!」



一息で言った。

人間って凄い。自分が危機的状況に陥ると普段より饒舌になる。

私の鬼気迫る顔に彼は事態を把握したのか、軽快な身のこなしで叢を踏み分けて私の目の前に舞い降りた。

じろりと大きな瞳が私を見つめる。



「宗方が言ってた……僕は立花樹月。宗方に頼まれて貴女を探しに来ました」



嗚呼、宗方良蔵よ。

天使を届けてくれてありがとう。

今だけ感謝してやろう。


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