アゲハの痕跡

□アゲハの痕跡(あしあと)
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「4月13日午後11時6分。セト=リア=オルビエト。死亡……確認」

 掌サイズの電子媒体に記された文字列を淡々と読み上げ、桜色のそれを袂にしまう。足元には、中々にグロテスクな男の死体が転がっている。

「俺の身体が大変な事に!」

「そりゃ、あの高さから落ちたら多少目玉や内蔵が飛び出しててもおかしくないと思うけど」

 傍らであわあわ取り乱す男をスルーして、アタシは目の前に聳える外観が白で統一された建物を仰いだ。
 魔法協会。日々著しく発展して行く科学技術に圧され、この世界から徐々に衰退しつつある魔法という存在の保護及び使用の促進を呼び掛ける胡散臭くて矮小な組織だ。彼らは昨今、とある魔法薬を開発した。それはどれだけの科学技術を以てしても成し得なかった、最大の禁忌(タブー)。
 【死者を甦らせる事が出来る薬】などという、けったいな代物を生み出しやがった事をマスメディアに向けて仰々しく大々的に発表した。ただし、現段階ではまだ試薬品で完成に漕ぎ着けた訳では無いらしいけど。どっちにしても、余計な真似には変わりない。

 この新薬の開発を足掛かりに、魔法協会は失墜した権威の復興を目論んでいるんだろう。先輩はそんな風に言っていたけど、魔法協会が何を考えていようがアタシは全く興味が無い。と言うか、冥界の住民に取って人間界の微々たる動きなんて、正直どうでもいい。だけど、少なくともあの男に取ってはどうでも良くはなかったらしい。アタシは自分の死体の周りを右往左往する男に視線を戻した。体外に飛び出したモノを、オタオタしながらどうにか元通りに収めようとしている。死んだら現世の物には触れなくなるから、そんな事をしても無駄なのに。アタシは死体を跨ぎ、男の前に立つ。あちこちハネたキャラメル色の髪、白いパーカーに黒のタンクトップ。色褪せたジーンズに履き古したスニーカー。そこに不自然な体勢で横たわっている死体と同じ格好をした男は、アタシの視線に気付いてか顔を上げる。良く言えば優しそうな、悪く言えば頼りなさそうな顔をした男だ。

「死んだ恋人を生き返らせる為にわざわざこんな場所に泥棒しに来て、逃げる途中に3階のテラスから誤って転落死、ねえ。自分がおっ死んでりゃ世話無いわ」

 予見書(この桜色の電子媒体の事だ)にはそう書いてあった。これは、この男に限らずもうすぐ命尽きる人間達の死亡日時や死因なんかを検索出来る道具で、アタシ達には必須アイテム。これが無いと全く仕事が捗らない。以前はコンピュータからリストアップした分厚い紙束を片手に仕事を捌いていたのだけど、最近になって媒体がデジタルに移行したお陰でかさばらなくなった。もうアナログには戻れそうもない。

「いや、お恥ずかしい」

 あはは参ったなあ、と頭を掻きながら男は眉尻を下げた。いや笑い事じゃないでしょ。自分が置かれた状況、ちゃんと分かってるのかしら。
 不意に男がカクン、と首を傾げる。

「あのー」

「何」

「ところで君は誰? っていうか何者?」

「あら、知らずに話してたの」

「身体がちょっぴり透けてる様に見えるんだけど……ひょっとして、お化け?」

「何寝ぼけた事言ってるのよ。お化けはアンタでしょ。アタシは死神。たった今お亡くなりになったアンタを迎えに来た」
 
 
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