アゲハの痕跡

□アゲハの痕跡(あしあと)
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「え、俺って死んだの!?」

 たっぷり数拍の間を置いて、男――セトは素っ頓狂な声を上げた。今更? さっき自分の死体の周りをうろちょろしてたのは何処の誰だ。

「テラスから逃げる時足を滑らせた所までは覚えてるんだけど、そこから先の記憶が飛んでて……そうだ、きっとあれだ、上手く木の枝とか茂みとかがクッションになって奇跡的な生還を――」

「寝言ならそこの物体をもっかいよく見てから言えば」

「ですよねー」

 混乱している、というよりは現実逃避に見えた。まあ、自分が死んでしまった事実を認めたくない気持ちは分からないでもないけれど。

「もう起こってしまった事は今更嘆いても仕方無いでしょ。潔く己の死を受け入れなさい。それに、こうなったのは他でもないアンタの責任。自業自得よ」

「……うん」

 セトは目を伏せ、俯いたきり何も言わなくなった。この男は知るべきなのだ。自分が如何に愚かな事を仕出かしたのかを。こんな事さえしなければ、きっともっと沢山生きられた筈なのだから。
 サイレンの音がした。こっちに近づいて来る。魔法協会の誰かが、警備隊に通報したのだろう。間もなくして紺色の制服に身を包んだ男達が、ドタドタとセト(死体)の周りを取り囲んだ。瞬く間に辺りは騒がしさを増して行く。

「セトッ!」

 紺色集団の中から金髪の青年が飛び出し、死体に駆け寄ろうとした所で傍に居た年配の紺色に止められている。

「何てバカな事を!」

 青年は年配の紺色に腕を掴まれたまま、ガックリと膝を折った。どうして、どうしてと何度も口にしながら人目も憚らず咽び泣いている。

「あの人……」

「リツって言うんだ。俺の友達だよ」

「そう」

 沈痛な面持ちで暫く友人を見つめていたセトは、ここを離れようと静かに言った。


 今夜は朧月。せっかくの月も、黒い雲の陰に隠れてしまっている。夜空の下を飛行しながら、アタシは後ろを振り返った。人間から幽体になったばかりのセトには、まだ飛行のコツが掴めていないらしく、予想を上回る形で悪戦苦闘していた。
 ――シャチホコの様な体勢で付いて来ているなんて、一体誰が予想出来ようか。しかも、後ろ向きだし。どうやったらそんな事になるの?

「ちょっ、どうやったら上手く飛べるのコレ!?」

「寧ろその体勢でちゃんと前に進めてるのが凄いと思う」

「あた、頭に血が昇るっ」

 それは気の所為だ。

 このままの状態で冥界に連れて行くのはアタシが恥ずかしいので、アタシ達は近場の公園に一旦降り立った。せめて、セトがもう少しまともな飛行体勢が取れる様になってからじゃないと、とてもじゃないが冥界には行けない。寄り道になってしまうけど、それでも恥をかくよりは幾分マシだ。
  
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