パーティ会場
□1000ピース
1ページ/2ページ
2011-02-01
6:00P.M.
営業が終わった直後のこと、私はサカマタに尋ねてみた。
「今日が何の日だか知ってますか?」
すると彼は驚くことにこう言った。
知らない、と。
水族館内でNo,2の座の彼が知らないということは恐らく他の幹部も全員知らないのであろう。
まったく、甚だしく可哀相な館長様。なんて胸中で同情してみる。
勿論、姿を変えられたということも含め。
「何の日なんだ」と彼が興味深そうに聞いてきたが
「内緒」と言ってその場から離れた。
2011-01-31
随分前に買った手帳に殴り書きされていた大切な文字(こと)と睨み合いっこ中。
うーん…
彼は盛大なパーティなんか望んでいないだろうが(もしやってほしいなら力ずくでやらせてるだろう)彼も一応人の子、誕生日が楽しみだった過去くらいあるはず。
いつも頭の中は水族館の経営のことだらけの伊佐奈だから
たまの一年に一度の誕生日くらい童心に戻っても罰は当たらないんじゃないかな。
とか考えながら買ったプレゼント。
ネタじゃないといえば嘘になるかもな…
彼の反応を軽く想像し顔が綻びそうになるのを堪える。
2011-02-01
8:00P.M.
閉館時間が過ぎたので、水族館内には客が一人もいない。
今日は此処の館長にとって年に一度の素晴らしい日のはずなのに、今までのところ何時もと何一つ変わらない日になっている。
そもそもそれを知っている人(動物)がいないのだから彼等を攻める訳にもいかない。
私は右手に昨日買ったプレゼントを、そして左手には今受け取ってきたプレゼントを持ち館長室に向かう。
うわぁ…なんかドキドキする!
そのドアの前に立ち、ノックをするため右手に持っていたプレゼントを床に置く。
2回ノックし、私だということを伝えると入る許可が出された。
そのままの手でノッブを回す。
私は
「ハッピィバースデー!!!」と言いながらドアを開けた。
いつもの机に座っている彼の顔をみるとひどく驚愕しているのがわかった。
いつでもどこか近寄りがたい雰囲気やノーブルなイメージの伊佐奈しかなかっただけに、伊佐奈でもこんな顔するんだぁと内心莞爾してしまう。
しかしその表情はほんの一瞬だけで。
「何故お前が俺の誕生日を知っている」
からかう前にいつもの伊佐奈の冷淡な表情に戻ってしまった。
「前に誕生日占いをしましたよね。それで」
あぁ…
伊佐奈は思う。
そんなこともあったな。
あの時は興味本位で教えてしまったが…
「よく覚えてたな」
「………勿論ですよ!」
そう、私は勿論覚えていなかった。
思い出したのは昨日。
手帳に書いてあったメモで思い出した。
そんなことをいうと伊佐奈が機嫌を悪くすることなんか目に見えてるので言わないことにする。
確かあのケータイ占いの結果。
私と伊佐奈の相性は35%だった気がする。
なんとも厳しい…
ドアを閉めた後、右手にプレゼントを持ち直し伊佐奈の目の前まで向かう。
そして言った。
「右のプレゼントがいいですか?それとも左の?」
「選択制か」
「冗談ですよ!ハイッどーぞ!」
お誕生日おめでとうございます!
と付けたし、左右両方のプレゼントを伊佐奈に差し出す。
彼は机上に置いてあった資料を適当に片付けるとそれをそこに置くように促した。
私はそれに従う。
「伊佐奈、”ありがとう”の一つも言えないのですか?」
ちゃんと挨拶が出来ないのは人間失格です。
瞬間、間を感じた後
「…有難う」
と小声だが言ってきた。
それに満足した私はプレゼントを開けるようにせき立てる。
「はやく!」
彼は私が昨日買ったプレゼントに手をのばした。
ネタの方。
あっ…そっちから?
包装紙を軽く無惨な感じで破き、中身のそれがでてきた。
箱。×2。
そこにはなんとも綺麗なイラストが描かれている。
また、jigsaw puzzle(piece:1000)とも記してある。
そのイラストというものが…
「イルカ…?」
「ラッセンのイルカです!綺麗でしょう?」
そして私はそれを買った理由を話す。
「伊佐奈はいつも経営のことばかりに頭を使っているので、たまにはこういうことでリフレッシュさせてはどうかと!」
「成程、面白い。」
おおっ気に入ってくれたのかな?
「頭を休ませるために頭を使うとはな」
あぁ…そういう。
そのラッセンのイラスト自体はとても神秘的で美しく、私の気に入っている画だ。
夜空…満天の星々が紡ぎ出して作られた星座の下で水面から跳びはねている2頭のイルカ。
その表情には黒はなく、いずれやってくる明日をゆっくりと穏やかな波の運動とともに待っているかのよう。
彼はそのジグソーパズルの下に重ねてあったもう一つの箱に手を伸ばす。
それはまたしてもラッセンのイラストのジグソーパズルだった。
だけどこれはイルカのイラストではない。
まばゆく光る朝日(夕日?)に照らされる海面と…
「おい、」
そんなに俺を怒らせたいのか、ということが彼の表情から瞬時に感じた。
「あの…聞いてください伊佐奈!別にね、そういうことじゃなくっ…」
必死に弁解。
しかし、物事はそれではどうしようもないところにきていた。
「別に俺のこれでお前を潰すことだって簡単なんだよ」
伊佐奈は変形させた自らのコートの先端をちらつかせる。
あぁ…ネタだからって買わなければよかったかな…と思うのが遅すぎた。
このイラストは自分的にはとても気に入っている。
赤い朝日(夕日)によって染められた金色の海面から出ているものは…伊佐奈のコートと同じ、クジラの尾鰭。
勿論彼が苛立っているのはこの為。
「ごめんなさい!本当にすいませんでしたっ」
次は必死に謝ってみる。
このままだとなんだかとても居づらい雰囲気なので
私は逃げ道を確保するため話をふる。
「伊佐奈!誕生日にはケーキを食べるものですよ!!私切ってきますね」
半無理矢理に話を打ち切ることに成功。
私は今日受け取ったもう片方のプレゼント…そのケーキを片手に館長室を軽く走りながら出た。