‡空飯の部屋‡

□【悟飯の涙と悟空の幸福論】
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「悟飯、泣くな・・・」


ー悟飯が悲しむなら、その悲しみを両の腕で抱き締めよう。


ー悟飯が苦しむのなら、その苦しみをこの胸で受け止めよう。


ー悟飯が泣くのなら、その涙が乾くまで悟飯の傍にいよう。


ーだからー


「独りで泣くな、悟飯・・・」


頭を撫で続けるとやがて悟飯の呻き声が止み、代わりに静かな寝息が聞こえ始める。
布団の端からは、いつか悟空が世界中の幸福を握らせてやりたいと望んだ手が、大きさを変えて見えていた。
その手に悟空が己の手を重ねると、予想通りにふたつの手は形も面積もピタリと合う。
蕾のように小さかった悟飯の手は、今や頼もしいほどにこんなに大きい。
初めて悟飯の幸福を願った懐かしい感覚が、悟空の胸に去就する。
立派に成長した悟飯。
一人前の戦士に育った悟飯。


ーこの手の大きさに見合った幸福を、どうか自分の力で掴んで欲しいー


瞳の端に残る悟飯の涙を人差し指で拭いながら悟空は、悟飯の幸福に自分の存在が含まれますようにと祈った。











「なななななななっっ!!」

いつもより1時間ほど早く目覚めた悟飯は、いきなり視界に飛び込んできた悟空の寝顔に驚愕し、思わずベッドから跳ね起きた。

「どどどどどどどどっ・・・!」

寝起きで頭が回転していないせいなのか、それとも信じ難い現実を咄嗟に受け入れられないからなのか、痴呆のように吃るばかりでどうして悟空がここにいるのか、との疑問が言葉にならない。

「・・・んん、起きたのか、悟飯・・・」

悟飯を喫驚させた本人は呑気にあくびをしながら半身をベッドに起こし、早すぎる起床を嫌がるように眠い眼を擦った。

「お、お、お、おと、お父・・・、なっ、なっ、なっ、どっ、どっ、どう・・・」

「ああ、寝ながらおめぇが泣いてたからよ、頭を撫でてやってたらそのまんま寝ちまったんだな・・・ふぁ〜あ・・・」

尚も吃り続ける悟飯の文にはならない質問を読み取り、さも大したことではないと言わんばかりにさらりと受け答えた悟空の言葉に、身に覚えのない悟飯は眼を見張った。

「泣いてた・・・?・・・僕がですか!?」

「おう、そうだ。おめぇ、こういうこと何度もあっただろう」

確かに、夜中に夢でも見ながら無意識に涙を流しているのか、朝目覚めると枕カバーが濡れていたことが何度もある。
だが、どんな夢を見ていたのかその内容は朝になるとすっかり忘れていて、父に似て物事に深くこだわらない性格の悟飯は『ま、いいか』程度で済ませていた。
悟飯が夢を見て泣いていたのが事実でも、高校生にもなれば日常生活で泣くなどありはしない。
にも関わらず、子供の頃のような泣き虫のままだなんて、目の前の人物に思われたくなかった。

「いえ、普段は泣いたりなんかしませんよ・・・!」

「ああ、普段は・・・な。わかってるさ、そのくれぇ」

優しく穏やかな口調ながらも後から取って付けたような笑顔に、悟飯は悟空の言葉を正面から信用できない。

(絶っ対、泣き虫が治ってないと思われてるっ!)

真っ赤な顔で上目遣いに悟空を盗み見る悟飯にくすりとした笑いを漏らすと、悟空は起こした半身を肘で支えて悟飯を手招きして呼び寄せた。

「オラだって恐い夢くれぇ見ることがあるさ。別に恥ずかしいことじゃねぇだろ?それに、おめぇが未だに泣き虫だなんて、オラは思ってねぇ」

悟空の説明に半信半疑で悟飯がベッドのヘリまで近付くと、悟空は捉えた悟飯の腕を引いてベッドの中に戻るように勧めた。

「起きるにはまだ早ぇんだろ?オラに遠慮しねぇで、もうちょっと寝てろって」

(と言われても・・・)

衝撃的な出来事にばっちり目が冴えてしまっては、今更寝直しなどできる筈がない。
それと知りながら悟空は悟飯の頭をくしゃりと撫でつけると、優しく悟飯の瞳を覗き込んだ。

「でっかくなっても、おめぇはもっとオラに甘えたって良いんだぞ」

そう言い聞かせる悟空に、悟飯の脳に7年前に精神と時の部屋でふたりで過ごした日々が思い出された。



ふたりきりの世界。

ふたりきりの時間

ふたりきりの空間。

ふたりだけの思い出。

互いに意識し、

互いに信頼し、

互いに高め合った。

希望と絶望、

期待とプレッシャーを何度も繰り返し

傷付き、

苦しみ、

ボロボロになっているのに、

ふたりとも幸福だったー


悟空に促されるままに再びベッドに潜り込んだ悟飯は、逞しい父の腕に頭を預け、7年振りの温もりに黒曜石の瞳を閉じた。
悟飯が成長した為にシングルサイズのベッドはふたりには窮屈この上ないが、互いに感じる体温と匂いに、7年前と同じ幸福がふたりを包んでいた。




END

2018.8.1 UP  ㉖

ここまでお読み戴き、ありがとうございました!


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