‡裏‡

□【背徳の鎖を手繰り寄せし者の名は―後編―】
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書斎に戻ってドアを閉め、コーヒーを啜りながら書斎の中ほどまで足を進めた時だった。
突然、家族以外の気を感じた。
家の中に家族以外の誰かがいる。
その気配よりも、2年振りに感じた懐かしい気に驚愕し、金縛りに遭ったように体が硬直して動けなくなった。
書斎より少し離れた妻の寝室に現れた気は、しかしその場に長くは留まらず、ゆっくりとこちらに近付いて来る。
子供の頃なら手にした物など放り投げて駆け出して行っただろう、少なくともT年半前までなら突然の来訪にも喜んで迎え入れられた筈だ。
しかし今は混乱と動揺と、何より後ろめたさが久々に逢える喜びを打ち消していた。
書斎の前で立ち止まってドアをノックした気は、驚愕のあまり声の出ない悟飯の返事を待たずして二人を隔てる扉を開けると、以前と変わらない真夏の太陽のような明るい笑顔で「よう!」とだけ言って中に足を踏み入れた。

「久し振りだな、悟飯。元気だったか?」

「お・・・父さん・・・」

「今、パンに会って来た。でっかくなって、髪も伸びたなぁ。伸ばしてんのか?」

着のみ着のままで失踪した筈の悟空は、何処から調達したのか、当時着用していた胴着ではなくカジュアルな普段着姿で現れた。
その事実より何より、悟飯には悟空の気が殺気に似たものを孕んでいるのが気になった。
子供の頃より父親の変化に敏感だった悟飯だからこそ気付けたのかも知れない。

「どうして、こんな時間、に・・・?」

「おめぇに逢いに来る時は、いつもこのくれぇの時間だったろ?」

表情も口調も普段と変わらないことに、より大きな不安を感じて仕方がない。

「コーヒー飲んでんのか?オラにも一口くれよ」

そう言うと悟飯の手ごとコーヒーカップを手の平で包み込み、自分の口元へと運ぶ。
こんなことは初めてだった。
普段なら苦いという理由で、コーヒーなどまず口にしなかったのに。
コーヒーを口に含みながら間近で悟飯の顔を覗き込むように見据える悟空の、刺すような鋭い眼差しで、悟空が静かに怒っているのを確信した。
溜め込んで溜め込んで一気に怒りを爆発させる悟飯とは対照的に、悟空は腹に据えかねることが起こると静かに怒りを表す。
こうなった悟空に、勝てる者など存在しない。
その恐ろしさを、悟飯は子供の頃から嫌と云うほど知っていた。
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