‡悟飯受けの部屋‡
□【うちの猫】
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俺の名は悟天。
ただいま高校2年生。
そろそろ高校を卒業した後の具体的な進路を決めなきゃいけないんだけど、困ったことにいまいちピンとくる自分の未来像がなくて、現在は保留中。
父に似て楽天家のせいか、時期がきたらそのうちなんとかなるだろうなんて、まるで他人事のように、自身の将来に対してまるきり危機感を持っていないんだ。
そんな俺にも、可愛い弟がひとりいる。
正確には、一匹だけど。
黒と焦げ茶色の毛並みが綺麗なオスのトラ猫で、名前は悟飯。
この子の名前は俺がつけた。
一年前、祖父を見舞った病院の敷地内で俺たちは出逢った。
病院と言っても田舎だから敷地の全部が舗装されているわけではなくて、駐車場の周りには今だに短い雑草がはびこるあぜ道みたいのがあったりなんかする。
あの日、悟飯はその草むらの中で、周囲を警戒するようにじっとうずくまっていた。
暗がりで足もとなんか全然見えなかったけど、その時の俺は草むらに生き物の気配を感じたんだ。
そいつが、俺たちが通り過ぎた後に、俺の後ろを足音も立てずについてきた。
というか、ついて来るのを感じた。
こういうことには慣れっこだったから、とくには驚かなかったけどね。
と言うのも、学校の帰り道で遭遇した野良犬や野良猫が家までついて来る、なんてことがこれまでに何度もあったから。
それで、『後ろに何かいる』のを確かめる為に振り返ったら、子猫の悟飯とバッチリ目が合った。
日の短い冬のことで、俺の部活が終わってからのお見舞いだったから辺りはすっかり暗くなってたけど、でも、病院の窓から洩れる僅かな明かりと駐車場内に点在する外灯の他に頼りになる光源がない中で、間違いなく俺たちはしっかりと目を合わせたんだ。
その瞬間、俺にはピン!とくるものがあったね。
この子は俺にすっごく懐いてくれる、そんな直感めいたものが。
あの時の直感は俺の思い違いなんかじゃなくて、おぼつかない足取りで慌てて逃げようとする悟飯を抱きあげて家に連れ帰ってからというもの、悟飯は本当によく俺に懐いてくれた。
『俺に』というより、『俺だけ』に。
悟飯は俺以外の人間には自分の体を触らせないし、じゃれもしないし、甘えもしない。
悟飯を可愛いと思ったお母さんが餌を食べているスキに背中を撫でようとしても、するりと逃げてしまうんだって。
それだけじゃない。
朝は通学路の途中まで俺の後をついて来るし、帰宅時には帰宅時間がまちまちの俺を玄関先で出迎えてくれた。
お母さんの話では、どうやら悟飯は俺の帰りを察知するらしく、俺が帰る15分くらい前から玄関でそわそわし始めるんだそうだ。
そんな悟飯の様子で『あ、そろそろ悟天が帰って来るな』って、お母さんにもわかるんだって。
それでね、俺が帰ると悟飯はこれ以上ないくらいにすっごく喜んでくれるんだ。
家に帰るなんて極々当たり前のことを全身で喜んでくれる存在がいるっていうのは、嬉しいもんだね。
あんまり嬉しいものだから、俺もついつい悟飯を甘やかしちゃったりする。
そんなこんなで1年が経ち、やんちゃな悪戯っ子だった悟飯も、今ではすっかり落ち着いた大人に成長した。
もともと可愛い顔立ちの子だったけど、大人になった悟飯はなかなかの美形だ。
艶やかな毛並みにスマートな体躯、鼻筋の通った(猫だから当然か)綺麗な面差しに、しなやかな身のこなし。
悟飯が人間だったなら、間違いなく美男子だと思う。
だからかな。
大人になる頃には、悟飯は夜中によくデートに出掛けるようになった。
あれだけの美丈夫なんだからデートの相手には不自由していないんだろう、なんて俺は勝手に思っている。
どうしてデートだとわかるかって?
それはね、デートの日は毎回きっちり同じ時間に出掛けるからなんだ。
月の綺麗な夜でも嵐のような悪天候の日でも、決まって夜中の9時に外出するから。
そんな日は、時刻が迫るにつれて悟飯はしきりに外の様子を伺って落ち着かなくなる。
そして、どんなにひどい土砂降りでも9時きっかりには俺の腕からすり抜けて行ってしまうんだ。
これって、絶対デートだよね?
でもね、デートじゃない夜は、散歩したくなるほど天気がよくても頑として俺の傍を離れない。
以上の事柄から、猫にも『約束』という概念が存在するかも知れない可能性と、猫の体内時計が人間のそれとは比べ物にならないくらい正確なことに、俺は感心しきりだった。
そんなある日のこと、学期末の為に自宅に持ち帰った画材道具を手入れしていた時に、俺は悟飯のお尻が妙にキレイなことに気がついた。