‡悟飯受けの部屋‡

□【あなたの首筋にキスの花を咲かせましょう】
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一体、どうしたものかー


身動ぎを封印されたベジータは、ベジータをその場に留めるに至った張本人のあどけない寝顔を上から見下ろして、顔面にデカデカと『困惑』と『迷惑』の二字熟語を書いて半袖から覗く両の腕を組んだ。

傍らには、憎い男の子供が彼の息子を抱えて安らかな寝息を立てている。

そういえば、最近悟飯がよく眠れていないようだと、悟飯の師匠のピッコロが心配していた。

こんなに心地良さそうにぐっすりと眠れるのは久方ぶりなのだろうと思うと、迂闊に動いて起こしはいけない気がした。

例え、悟飯に枕代わりに使われている足が痺れようとも・・・。

それにしても、寝不足と疲労が溜まっていたとは云え、かつて敵同士として闘った男の前でこうも無防備な姿を晒せるものなのだろうか。

それほどベジータに心を許せるようになったのか、それともやはり父親の教育が甘かったのか。

おそらくは後者だろうと記憶を辿ると、不意に憎たらしい男の顔を思い出し、胸に込み上げてきた苦々しさにベジータは唇を歪めた。


「バカめ、あんな死に方をしやがって・・・」


敵の手によって倒されるではなく自ら進んで己の身を犠牲にするなどと、あんな死に方をしたものだから悟飯が苦しむ。

あんな、調子に乗った悟飯の尻拭いをする形で、せっかく助かった命を落としたものだから。

だが、調子に乗ったのはベジータも同じだった。

しかも、調子に乗って倒せる筈だったセルを野放しにしたばかりでなく、最後の土壇場で悟飯の足を引っ張った。

あの日、あの場に居合わせた名だたる格闘家達の誰もが目標を失った喪失感に喘ぎながらも、地球の命運をその小さな肩に負った子供を責め切れない事情を抱えていた。

だから、悟飯がひとりで苦しむ必要はないのだ。

そうと知っていながら、悟飯を慰める言葉をベジータは持っていなかった。

代わりに、母親の懐妊を知ってから週に1・2度の頻度でブルマとトランクスのもとを尋ねる悟飯の訪問を、黙って容認した。

これから生まれる弟か妹のために赤ん坊のあやし方を覚えたいのだと悟飯は言っていたが、父親を亡くしたばかりの少年が父親になりたての男のもとを訪れる理由など、誰の目から見ても明白だった。

思春期の入口に差し掛かった悟飯には父親代わりの存在が必要なのだということも、誰もが知っていた。

その役は、先刻から腕組みをして窓の外からこちらの様子を伺っているピッコロが適任なのだろうが、守り役に徹するピッコロの父性だけでなく、父親の厳しさを誰かが悟飯に教えなければならなかった。

悟飯が自分の父親より年上のベジータにそれを求めたとしても、何ら不思議はない。

だから、今日のように悟飯がトランクスの遊び相手としてカプセルコーポレーションを訪れても、ベジータは何も言わずに黙って受け入れ、ひたすら己のトレーニングに没頭した。

・・・のだが、トレーニング後のシャワーを済ませてトランクスの部屋の前を通りかかると、遊び疲れた乳児と少年はすでに眠りの神の祝福を受けた後だった。

カーペットが敷かれているとは云え、直に床に横たわるふたりが万が一にも風邪をひいてはいけないからと、ソファにきちんと折り畳まれたブラウンケットをふたりの体に掛けてやると、何故か悟飯がベジータの足にちょこんと頭を乗せてそのまま再び眠りの世界に誘われ、今の状況に至っている。

どのくらいな時間が流れたのか定かではないが、足の痺れは時計の秒針が時を刻む毎に酷くなってゆく。

初めて経験した膝枕の辛さにベジータが上半身の姿勢を崩すと、窓越しにピッコロと目が合った。

ピッコロは無言で組んでいた腕をほどくと悟飯へと視線を移し、悟飯が完全に熟睡しているのを確認すると白いマントを翻してベジータの視界から消え去った。

白昼堂々と他人の家の中を覗き見るなどと、何とも図々しい限りだが、それほど悟飯が心配なのだろう。


「・・・過保護なことだ・・・」


最後まで厳めしい顔つきをしていたピッコロだったが、ベジータが思うに、十中八九あれは照れ隠しだろう。

時には認め合い、時には半目し合うベジータの前で、常に沈着冷静を保とうとするピッコロが悟飯に甘い顔などできようはずがないから。

ベジータの視界から消えたものの、だがピッコロはすぐには神の宮殿には戻らず、カプセルコーポレーションの周りをうろついているのが気配で感じ取れる。

ピッコロの気持ちもわからなくはないが、悟飯の心配ばかりでなく、たまにはこちらの足の心配もして欲しいところだ。

大腿部にまで上がってきた痺れに、ベジータは肩をプルプルと震わせ、物事の限度を悟った。


「すまん、悟飯・・・。いくらオレでも、これ以上は限界だ・・・!」
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