‡悟飯受けの部屋‡

□【藤棚の下で】
1ページ/6ページ




目玉商品であるホイポイカプセルを始め、世界中の乗り物を一手に引き受ける世界一の大企業、カプセルコーポレーション。

その巨大なビルの周りをカプセルコーポレーションの社員のランチタイムや終業時間を狙った飲食店の群れや娯楽施設がぐるりと囲み、一帯は西の都で最大の商業地帯と化している。

商業地帯の裏手には簡素な住宅街が並び、カプセルコーポレーションのビルから住宅街に抜けてすぐの角には、住人の為に造られた広大な公園が老若男女を問わず人々の憩いの場となっていた。

中でも有名な観光スポットとしてそちらの方面で紹介される機会の多い藤棚は、規模の大きさから世界有数と呼ばれ、藤の花の季節には見る者に和やかな癒しを与えている。

その、満開になれば別世界に迷い込んだかと錯覚するほどの見事な花を咲かせる藤棚の下は、トランクスと悟飯のお決まりの待ち合わせ場所だった―





車両の侵入を阻む公園の入口のゲージをくぐり抜けると、悟飯は真っ直ぐ藤棚に向かって小走りに駆けていた。

忙しい仕事の合間にやっと確保できた休日。

午前中はゆっくりと家族と供に過ごし、駄々をこねる我が子を何とか宥めすかして自宅を後にした時にはもう、トランクスとの待ち合わせ時刻にギリギリ間に合うかどうかの時間になっていた。

例え悟飯が遅刻したとしても、待ち合わせの相手のトランクスはむくれて帰ることも焦れて怒ることもないのはわかっていたが、なかなか予定が合わないトランクスとのデートを悟飯の遅刻などで一分たりとも無駄にしたくなかった。

あと3分、あと2分・・・。

のんびり散歩を決め込む人々を避けて進みながら、悟飯は何度も腕時計を見遣る。

ああ、もう!

どうしてこんな時に限って時計の針は早く進むのだろう。

ようやく藤棚の前の噴水に辿り着いた時、悟飯は安堵に急ぐ足を緩めた。

冬はリズミカルな水芸を封印されていた噴水が、春の麗らかな暖かさに、再び様々に形や強弱を変えてダンスを披露している。

踊るように噴き出す水の向こうに藤棚の姿を見出して、悟飯はほっと全身の緊張を解いた。
腕時計を確認すると、時計の針は約束の時間の一分前を指している。

間に合ったぁ・・・!

慌てて駆け付けた様子など微塵も見せぬ落ち着きを取り戻し、悟飯は噴水を回って藤棚へと歩を進める。

と、藤棚の側を通りかかる人々が、聖なるものを敬うような視線をある一点に向けているのに気が付いた。

ある者は目撃した途端に足を止め、暫し呆然と見惚れ、ある者は通り過ぎる間に何度も振り返っては、現実と非現実の別を確認している。

人々の注目を浴びる一点には、藤の花と同じ髪色の美貌の青年が、この世のものとは思えぬ神聖さを纏って佇んでいた。

何本も植樹された樹齢の長い藤の木が幾重にも枝を張り巡らせる藤棚の下は、ただでさえ幻想的な世界を彷彿とさせている。

その藤棚の下に、藤の花の精と見まごう青年がひとり―

藤の花の色と彼の髪の色が溶け合って人並み外れた美貌を更に際立たせ、憂いを含んだ儚さと醜い精神を嫌うような厳かさが混ざり合って、彼を人の体温を持たぬ存在のように印象付けている。

あまりの美しさに、行き交う人々が一瞬我を忘れてしまうのも、無理はないだろう。


(綺麗だ・・・)


昔から彼を良く知る悟飯でさえ、思わず足を止めてうっとりと見惚れてしまう。

だが悟飯は、彼が決して藤の花の精などではなく生身の男であることを、何度も確認していた。

初めて彼に押し倒された時のドキドキを、今でもリアルに思い出せる。


「悟飯さん!」


藤棚の側の悟飯に気づいたトランクスが、彼が感情を持たない藤の花の精なのではなく、れっきとした人間であるのを証明するような溢れんばかりの笑顔を向け、悟飯の心臓が音を立てて急停止した。

藤の花の隙間から降り注ぐ陽光の中、一陣の風に舞う藤の花びらがトランクスの髪を包み、あまりの眩しさに悟飯は額に手をかざした。

思い出の中ではなく、現実に胸がドキドキしてくる。

そんな胸のドキドキなどない風を装って笑顔で手を振ると、更に破顔したトランクスが周囲の視線を振り切るように駆け出して来た。

トランクスが藤棚の下を離れる瞬間、舞い散る藤の花びらがトランクスの後を追うように見えたのは、目の錯覚だったのだろうか。


「会いたかった・・・!」


悟飯のすぐ目の前まで駆け寄って来たトランクスが、悟飯の心が蕩けるような笑顔を綻ばせて、悟飯の欲しがっていた言葉をくれる。

『僕も』と悟飯が返す間もなく、悟飯の手を捉えたトランクスは、何かに急かされるように藤棚に向かって歩き出す。

悟飯の手を優しく握るトランクスの手のぬくもりを感じながら、悟飯はトランクスに歩調を合わせた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ