‡空飯の部屋‡

□【弔い】
1ページ/2ページ


草の上に寝転ぶと、鼻を掠める緑の匂いに悟飯はまぶたを閉じた。
生前の父とよく来たパオズ山の丘。
景色も風も陽射しも、何もかもが春の息吹に溢れている。
ぼんやりと閉じていた眼を開けば、様々に形を変えて白い雲がゆっくりと流されてゆく。
雲を流す風さえも、今は酷く優しく暖かい。
それらをすべて見下ろし包み込む空の青さが、心にしみた。

これが、父が愛した地球なのだ。

そう思うと、当たり前の景色が当たり前ではなくなってゆく。
父がいた頃は、世界は眩しいくらいに光り輝いていた。
毎日が新たな発見と喜びの連続で、自分が置かれた環境の幸運さなど考えたこともなかった。

だが今は、こうして丘の上で自然を満喫できる自由を、幸福だと思える。
再びまぶたを閉じれば、近くの花畑で囀る小鳥の鳴き声が否応なしに眠気を誘う。
その長閑さに、傍らのハイヤードラゴンが大きな欠伸をする。



ー守れてよかったー



この、地球を。

この、風景を。

この、幸福を。



かけがえのない存在と引き換えにしたのだ、何が何でも自分の手で守りたかった。
父が守ってきた地球を、今度は自分が守る番だった。
それは、父の子として生まれた自分の宿命なのかも知れない。
地球を守る為に父は命を落とし、悟飯は父の期待に応えて敵を倒すことに成功した。

そうして訪れた、いつもの幸福。
今まで気付かなかったが、美しい景色のすべてが自分の幸福だった。
今も、自分は幸福の中にいる。
自然の中で、それを噛み締める。
そよ風は優しく悟飯の前髪を揺らし、柔らかな陽射しが悟飯の体を抱き、大地は溢れる雫を黙って受け止めてくれる。
ふと、眠そうな顔をしていたハイヤードラゴンが訝し気に小首を傾げた。
きっと彼は、人間とは自分には持ち得ない奇妙な液体を眼から流す不可思議な生物だと、困惑していることだろう。


「僕の・・・せいで・・・」


人前で二度と口にすまいと決めていた言葉も、今は誰も聞き咎める者はいない。
自分を責める言葉など、口にしてはならなかった。
父の為に流す涙など、いつまでも持ち合わせていてはならなかった。
自分は一人では何もできない小さな存在だと、知っていても認めてはならなかった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ