裏側

□0.5
1ページ/1ページ

月食…嫌な感覚が身体中を駆け巡る。私は足早に妻のいる病院へと車を走らせた。嫌に長い…いつもなら数十分で着きそうな道のりが何時間にも感じる。やっと着いた頃には月は天高い場所に浮かんでいた。院内は薄暗く昼間の活気が嘘のようになっている。早く行かないと…受付で名前を名乗る。少しぶっきらぼうに説明された方角へ歩みを進める。いつもは笑顔で溢れている看護士だが、やはり何かおかしい…。辿り着いた先の扉に手をかける、開けたくない、開けてはいけない、身体中のありとあらゆる細胞が警告している。

「すぅ………はぁ…」

息を思っきり吸い込み勢いで扉を引く、それと同時に赤ん坊が出てくるのが見えた。泣き叫んばかりの産声は聞こえない、代わりに規則正しい寝息と身体中からおびただしい程の炎を溢れ出していた。何が起きたかを理解していたのは、私達夫婦だけだった。




あれから数年が経った。
私がお腹を痛め産んだ我が子がこの扉の向こうにいる。大きくなっても弄ぶほどの広さの部屋に押し込まれ、誰とも接しないまま大きくなりつつある。どんな顔立ちでどんな声なのか一切分からない。そんなことを考えながら毎日扉の前で涙を流しては、懺悔の言葉を吐いている。恒例となってしまった今、夫も執事も止めるものはいない。

「…ごめんなさい。ごめんなさい」

いつものように懺悔をしていた時、不意に反対側から扉を叩く音が聞こえた。私は驚いて息をするのを忘れてしまった。しばらくすると再び扉を叩く音が聞こえた。咄嗟に私は扉に張り付くと我が子の名前を叫ぶ。その騒ぎを聞きつけた夫が何事かと駆け寄ってきた。

「ああ!あなた!聞いてあの子よ!あの子が扉を叩いたの!」

夫も驚きつつも半半ば信じていなかったが、再び叩かれた扉に信じざるおえなかったのか、薄ら涙を浮かべていた。

「声を!声を聞かせて!」

『…下がりなさい』

その言葉に反応するかのように帰ってくる言葉に私たちは、動けなくなってしまった。数年といえどまだ喋る事は出来ないはずだ…。考えられる理由は1つだけ…、冷や汗が止まらない。それは隣にいた夫も同じのようで小刻みに震えていた。

『…もう、良いよ』

大丈夫…と付け足された言葉に冷や汗は止まった。代わりに溢れんばかりの涙が出てくる、拭けど拭けども溢れてくるそれに困惑しながらも私たちの意識はそこで途切れてしまった。




朝の日差しを顔に受け、目を覚ます。そこは自室で自分はきちんと寝巻きに着替えていた。昨日の夜を思い出そうとするが上手く思い出せない、しかし嫌に気分がすっきりしている、憑き物が落ちたかのように体が軽い。着替えようとベッドから起き上がると同時に夫が慌てながら飛び込んできた。

「か、完成した!」

"マザー 01"
それは我が子のために開発した私たちの代わり。このマザーが我が子の世話をするためのロボットを作り、管理する。そして来る日まで稼働できるようにする、ここ数年で制作は頓挫していたが、朝、制作に取り掛かると今までが嘘のように難関だった箇所も問題なく完成してしまった。

「…これで私たちは自由なのね」

マザーの電源を入れる、システム音と共に動き出すロボットに全てを託すと用意していた荷物を手にする。
最後に我が子の部屋をノックするが、何の反応もしない。メンテナンス室に居た夫に声をかける、彼は一番奥にある機械の電源を入れると、行こうか、と声をかけてきた。
その日は晴天だった、あの子が産まれてからちゃんと空を見ていなかったが、こんなにも綺麗だったのか…、マザーに見送られながら私たちは屋敷を背に歩き出す。しばらく歩いた後、振り返るとそこに屋敷は無く、ただ鬱蒼と生い茂った森があるだけだった。


〜とある夫婦の話〜
次の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ