原田左之助

□1・恋する瞬間
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「なんだよ! 全然呑んでねぇな!」

原田のグラスには、泡が消えたビールが半分以上残っていた。

「酒が不味くなる……」


ポツリと呟くと永倉は笑った。

今日は、自分の部署に配属された上司の歓迎会だ。
どこからかから引き抜かれたらしいそいつは、人を見下してる言い方が勘に障るから原田も永倉も苦手だった。


二次会だとか騒ぎ始めたら帰るか……。



そんなことを考えながら、すっかり温くなったビールを飲み干す。


「原田君!」


グラスを傾けながら声を振り向くと、上機嫌な上司と目があった。






げ……。







どうしたもんかと悩んだが、原田は仕方なくそちらへ向かった。




「何かご用ですか? 雪村専務」



「君は今彼女はいるかね?」



唐突な質問に、一瞬硬直するが、素直に答えた。


「今はいないです」



遊びで適当に付き合ってた女は、仕事が忙しくなってから連絡を取ってないし、特に目当ての女もいないから嘘ではないだろう。
原田がそんなことを考えていると、一枚の写真が目の前に差し出された。


そこには、まだ幼さの残る笑顔が眩しい女の子が写っていた。



「可愛いだろう? 今年で大学2年生になる娘だ」



確かに、この父親からこんな愛くるしい子が生まれるとは……と思わずにはいられない。


「とても可愛らしいお嬢様ですね」


原田が差し出された写真を返そうとすると、娘を褒められて上機嫌になった彼は、受け取らずに話し始めた。


「こんなに可愛いのに、中々いい男を捕まえなくてな……我慢強くて人の心配ばかりして……」




長々と話す上司の声を聞き流しながら、原田はもう一度写真を見た。


今までの自分ならば、絶対に深入りしないタイプだと思った。
一度のめり込んだらそこから動けなくなる。
それが拘束されている様で嫌だった。



「どうだろう? 原田君」




上司の声に、我に返る。


「どうだろう……とは?」



「だから、うちの子と見合いをしてみないか」






見合い……?





「何故俺なんですか?」


そんな大事な娘ならば、もっと誠実そうな奴の方がいいだろうに……。


「君はとても仕事も出来るし将来も有望だ」


原田の肩を叩いて、彼は続けた。


「しかも社で一番美男子だしな!」




「いや……あの……お嬢様の気持ちとか……」




確かに可愛い子だが、結婚したらこの上司が付いてくるのだ。
それは勘弁して欲しい。だからこそ、原田は当たり障り無く誤魔化して逃げようとしていた。


「む……。 確かに……千鶴は怒らせると厄介だからなぁ……」




大人しそうだったのに意外だな……なんて原田が考えていると、話はゆっくりと反れていった。
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