□泡沫
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次の日、嫌がる福田を宥めすかし、マネージャーと半ば無理やり病院に連れていった。


そこで言われた病名は、最近時々耳にする恐ろしい病だった。

「…若年性、アルツハイマー…?」

誰か嘘だと言ってくれ。

「それって、治らんのですよね?」

福田が冷静に訊いた。

「残念ながら…。けれど、進行を遅らすことはできます」



治らん病気…。認知症…。
医者の言葉が耳から離れんかった。





その晩、福田から電話がかかってきた。

「徳井」

「…なんや」

「解散しよう」

何を、とは訊けなかった。

「……嫌やっ」

「徳井…あんな、」

福田が聞き分けのない子供を慰めるように辛抱強く言った。

「もう限界や。徳井も分かってるやろ?俺はもう芸人は続けられへん。これ以上徳井の足、引っ張りたくないんよ」

「…絶対に嫌やっ。そんなん認めへん!!」

「…徳井。泣かんといて。俺も辛いねん」

福田に言われて、初めて自分がないていることに気が付いた。

「福ちゃん、ごめんな…。俺のせいや」

泣きながら謝ると、電話の向こうで福田がいつものように、優しく微笑んだのが分かった。

「徳井、謝らんとって。俺はお前の相方でこれ以上ないぐらい幸せやったんやから」







次の日、福田の芸能活動の無期限休止が発表された。
それは、事実上の引退と同じだった。






「徳井、お帰り」

「福ちゃん、ただいま」

そして、芸能界を引退した福田は俺の家で一緒に暮らすことになった。

残された長くはない二人の時間を惜しむように、俺たちは幸せな時間を過ごした。

家に帰ったら、エプロンをつけた福田が俺のために料理を作っとって。
いっしょに並んでテレビを見て。
同じ時間を共有できる喜びに浸って。


今思えば、あれは最高に幸せな時間やった。


でもその幸せも長くは続かなかった。
そうしている間にも病魔は確実に福田をむしばんでいった。



ある日、目覚めると、隣で福田が鞄にものを詰めていた。

シャツや、替えの下着、財布など。

目覚めた俺に気付いた福田は、邪気のない顔でにこりと笑った。

「徳井、おはよう」

「福ちゃん…。どっか行くん?」

怪訝な声でたずねれば、福田は何か面白いものを見たように笑った。

「なに言うてんの。今日は、大阪に泊まりの仕事やんか」


何も疑いを持たず、黙々と仕事の準備をする福田に俺は本当のことを告げることはできなかった。

「福田、おいで」

「なん?」

いつもより素直にそばに近づいてくる福田を、俺は腕の中に抱きしめた。

「どないしてん徳井」

「……ん。……なんもない」

必死で涙をこらえる俺の顔を、福田は不思議そうな顔で見上げた。

俺は腕に力を込めて、福田を抱きしめるが、俺の知っている福田は、腕の中から滑り落ちていなくなってしまうような錯覚がした。

「福」

「ん?」

「……大好き」

「知ってる」

腕の中の福田は照れを隠すようにそっぽを向いてそう言った。





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