書籍

□激励
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朝、六時半。
作戦が開始された。

今日の仕事は十時からの収録が待ってる。
福ちゃんはまだ寝てる時間や。
俺は仕掛人のノンスタの二人とテレビ局で合流し、そこから福の携帯に電話をかけた。

ぷるるる。ぷるるるる。
電話のコール音が耳の奥に響く。

『ふぁい』

「あ、福ちゃん?俺、俺。徳井やけど」

『…こんな朝からどないしたん?』

「えへへー。モーニングコール♪」

電話の向こうで福ちゃんが黙りこんだ。
しばらくの沈黙のあと。

『……徳井君。話は変わるけど…俺のパンツ返して?』

零下三十度ぐらいの冷たい声で福ちゃんが言った。

「あ、バレてた?」

『当たり前じゃボケ。あれちょっとお気に入りやったのに。今すぐ電話切るか、警察に訴えられるか、即刻選べ』

「あ、ごめんごめ…」

ブツっ。ツーツーツー。

慌て謝ろうとした矢先、唐突に電話が切られる。
眠りを妨げられたことが相当うざかったようだ。
もともと、福ちゃんは朝はえげつないほど機嫌が悪い。


それでも何かほの寂しいものを感じながら、受話器を置くと、ノンスタの二人が半笑いで立っていた。

「なんや」

なんとなく気まずくてぎろりと石田を睨む。

「いや、別に。ていうか、兄さん、福田さんのパンツ盗んだりしてんすね」

どういうリアクションをするか迷ったような石田の場違いなほど的確なコメントに、すかさず井上のチョップが飛んだ。

「アホ!そこは聞かんかったフリをすんのが礼儀やろ」

まあ、俺としては全然聞かれても問題ないんやけど、福ちゃんはこの会話を聞かれたと知ったら、絶対憤死するな。

「まぁええ。作戦A案は失敗。でもこれは想定済みや。続いてB案に移行する」

「「了解」」



作戦B案には俺らの作戦を面白がって、参加してきたブラマヨの二人も参加する。
福ちゃんが元気がないらしいというのを聞きつけて、同期の芸人が我も我もとこの計画に参加しようとしたのには驚いた。

まあ、あんまり人数が増えると動きづらいから、結局使うたんはブラマヨの二人とノンスタの二人だけやねんけど。
さすがは福ちゃん。誰からも好かれるねんな。けど、浮気はアカンよ!

なんと驚いたことに紳助師匠まで、面白そうやんけ、と計画に参加してきた。
なんだか、どんどんコトが大きくなっていく気がせんではないけど、まあ、エエか。



時刻は九時半。
福ちゃんが楽屋入りしてきた。

「おはよう福ちゃん」

「おぉ」

よかった。機嫌は大分治ってるみたいや。

福ちゃんが荷物を置くと、こんこんと遠慮がちにノックの音が聞こえた。
アイツらや。

扉をあけると、ブラマヨの二人とノンスタの二人が立っていた。
計画通り。

ここでは、福ちゃんのツッコミの腕を褒めて褒めて、褒めまくって自信をつけてもらおうという作戦や。

「おーっす。最近、どや?」

吉田が福ちゃんの肩に手を置いて言った。

「え、なに?みんなして、何かあったん?」

なんとも不自然な感じでわらわら入ってきた四人に福ちゃんはかなり戸惑い気味や。

「突然やけど、福田はツッコミのセンスあるよな!」

…吉田。ほんまに突然すぎるで。もっと言いようあるやろうが…。

「僕も思ってましたよ!福田さんってめっちゃおもろいですよね」

…井上。今の吉田にのっかっていくんはどうかと思うぞ。

その後も四人による褒め褒め攻撃は続いた。
あ、ついでに言うとくと、小杉はめっちゃ噛んでた。

「え、なにぃ。みんなどないしたん?」

戸惑いながらも、まんざらでない様子の福ちゃん。…マジで?

取りあえずB案は成功。
俺が、合図を出し、四人は来た時と同じくらいの不自然さで、わらわらと撤収していった。

「…アイツら、なんやったんやろ…」

呆然とつぶやく福ちゃん。
これ、成功やったんか?



十時。
作戦C案がスタート。

いつものように俺たちは紳助師匠のところに挨拶に伺った。

「失礼します、兄さん。チュートリアルです」

「おぅ。入れ」

「お邪魔します」

福ちゃんはいつものことやけど、こういう師匠がたの前に来ると、緊張するのか、途端に口数が少なくなる。

それにかわって俺が福ちゃんの分まで喋ったるんが常なんやけど、今日の主役はあくまで福ちゃんや。
紳助師匠が俺の方を見て意味ありげに笑った。

「まぁ、こっち来ぃな」

「あ、はい。今日はよろしくお願いします」

いつものように頭を下げて挨拶をする。
福ちゃんも横でぼそぼそ呟いて一緒に頭を下げた。

「おお、福田。お前、最近元気ないらしいな」

師匠ぅぅ!!そんな直球っすか?
もっと、遠まわしにオブラートに包まないと!!
俺は叫びだしたくなる衝動をぐっとこらえる。

「あ、え?あぁ、まぁ、ちょっと色々ありまして」

唐突にそんなことを聞かれた福ちゃんは、やはり動揺を隠せない様子だ。

「俺は何があったんか、全然知らんし分からんけど、お前ら二人はM1優勝したんやから。それだけは間違いないことなんやで。な、分かるか。徳井だけやったらそんなもん絶対優勝なんか出来んかったで。お前がおってのチュートリアルやから。自信、持てよ」


福ちゃんの顔がだんだん紅潮して腰が引けてくる。
あの紳助師匠がこんだけ人のことを手放しでほめることなんて滅多にないことやから、確かにそうなるやろうな。

でも福ちゃん。作戦のためとはいえ、紳助師匠はウソは言わへん人やからな。お世辞では絶対こんなこと言わへんねんで。

福ちゃんがおらな、チュートリアルどころか、今の俺かておらんのは事実なんやから。

「いや、もう…そんな。恐縮です。そんなん言うて頂けるなんて」

いつもイジられるばっかりの福ちゃんは褒められ慣れてないから、真っ赤になって慌ててる。
可愛いなぁ。

作戦C案は大成功。あとは、D案を残すだけである。

「福田のこと、大事にしたれよ」

紳助師匠の楽屋を出るとき、師匠が後ろから俺の腕を捕まえて、耳元で囁きはった。

驚いて師匠の顔を見ると、いたずらっぽい顔に、にやにやした笑いをいっぱいに浮かべてはる。
それを見て、紳助師匠も俺たちの関係を知っていることを確信した。
おそらく、井上あたりから漏れたのだろう。

「はい!そんなん当たり前じゃないですか」

紳助師匠は肩をすくめて、余計な口出ししてしもた、と憎まれ口をたたいた。
でも、それは間違いなく師匠の祝福の言葉だ。


「なあ、紳助師匠となに話してたん?」

部屋を出た後、福ちゃんが訊いてくる。

「んー、内緒」

「なんやねんそれ」

不貞腐れたように言う福ちゃん。
また今度じっくりこの話はしてあげるから。
そんなに焦らんでも時間はたっぷりあるし。
俺の心は今はもう、うきうきやねん。


やけど、それにしても福ちゃんみんなから愛されてんなぁ。恋人としてはめっちゃ不安なんですけど。
福ちゃん天然やし、ほんまやったら俺は福ちゃんは俺のもんやでってみんなに言うて回りたいところや。

なあ、福ちゃん。みんな福ちゃんのことこんなに好きやねん。だから、一部の人がどんなこと言うてようと、気にしたらアカンよ。

元気出して、福ちゃん。福ちゃんには笑顔が一番似合うてるんやから。







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