書籍

□変化
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吉本のマネージャーさんはほかの事務所とは違い、何組もの芸人を一人で担当している。
やから、他の芸人さんのようにいっつもマネージャーがくっついてることはない。

今日も急に別の仕事が入ったとかで、辻井さんは慌ただしく俺に新幹線のチケットを手渡すと、別のテレビ局に走って行きはった。

明日と明後日は大阪でのロケがある。
滞在先は吉本御用達のやっすいビジネスホテル。
やけど、吉本のコストダウン方法により、俺と福ちゃんは相部屋やねん。(にんまり)
いつもは、完全歩合制の、安い給料で俺らをこきつこうとる会社やけど、今日はそれに感謝せな。


それにしても、俺の頭ん中はもはやピンク色やっちゅうのに、福ちゃんは全然普通や。

この差はなに?

「福ちゃん」

プラットホームに立つ福ちゃんは、一応目立たないように深めにニット帽をかぶり色の薄いサングラスをしている。
表情はいつもより少し硬めやな。

「なに」

福ちゃんが、こっちを向いた瞬間、アナウンスが入り、新幹線が鈍い唸りを上げて駅に入ってきた。
せっかくこっちを向いていた福ちゃんは、そっちに気を取られて、新幹線の方を向いてしまう。
丸みを帯びた白い車体のドアが重々しく開くと、福ちゃんは俺の方を見ることもなくさっさと乗り込んでしまった。


俺が言おうとした言葉は宙ぶらりんのままや。

「徳井。なにぼーっとしてんねん。はよ乗らな後ろのお客さんに迷惑やろ」

ぐいっと腕を引っ張られ、我に返る。
福ちゃんの手が俺の腕にぃぃ!!
やばい。嬉しすぎる。
今日だけで福ちゃん、自分から二回も俺に触ってきた。

俺の気分は一気に急浮上した。

それやのに…。

「え、なにこれ?」

新幹線の三人がけのシート。
窓際の席には福が座ってる。そんで、ほんまやったら一緒に来るはずやった辻井さんの席には、どかっと福の荷物が置いてあって、あいてるんは廊下側の席だけ。

俺は、ここへ座れと?

隣に座ってもエエって訊いたら、エエよって言うてたやん!
この短い間にどんな心境の変化があったんやぁぁ!!

「なに?どうしたん?」

立ってる俺に、座ってる福ちゃんが話しかけてくる。
ということは、自然と目線は上目づかいに…。

ってちゃうやん!今はそんなこと考えたらアカン。話が前に進まへん。


「いや、別にどうでもエエことなんやけど、今日さ、隣に座ろーって言うた気がすんねんけど」

「え、隣やん」

…まあそうですね。荷物を挟んでですが、確かに隣っちゃ隣。
ってアホか。この荷物ゆうんがアカンねん。

俺はちらっと福ちゃんの顔を窺った。
心底、俺がイライラしてんのが分からへんって顔や。
いや、ほんまはイライラやのうてムラムラやねんけど…。
ま、そんなことはどうでもよくて。

「…もーエエわ」

ほんまに分かってないらしい福の顔見てたら、なんかどうでもよくなってきた。
上目づかいも見られたし、ま、エエか。


俺が座ったのを確認すると、さっさとバイク雑誌を取り出して眺めだす福ちゃん。
目が子供みたいにきらきらしてる。
ほんまに好きなんやなぁ。
俺とバイクどっちが好きって訊いたら福ちゃん、なんていうんやろ。

昔、福ちゃん、彼女に『私と徳井君どっちが大事なの?』って問い詰められたとき、『徳井のほうが大事』って答えてくれたやろ。

俺、福ちゃんのそういう不器用なところが大好きやねん。
嘘でも、『お前の方が大事や』って言えばフラれんですむのに、そういうウソ言われへん不器用な福ちゃんが可愛くてしょうがない。

俺なんかは、彼女からおんなじ質問された時は動揺してたにも関わらず『お前の方が大事』って言いきったからなぁ。
そういうところでは小器用やねん、俺。
でも、あん時動揺したんは、ほんまは福ちゃんのことが好きやったからやと、今なら分かる。


福ちゃんとの昔の思い出に浸っていると、横で福ちゃんが立ちあがる気配がした。

「どこ行くん?」

「ん、ちょっと飲みもの買うてこようかと思うて」

「ふーん」

その時俺の頭にナイスな考えが浮かんだ。
自然と顔がニヤけてくる。
いかんいかん。ちゃんと引き締めとかな、福に不審がられる。

「ああ、じゃあ俺、煙草吸いたいし、一緒に行くわ」

あくまでさり気なく。

「おぉ、じゃあ一緒に行こか?」

いよっし。福ちゃんは何の疑いも抱いてへん。


車両と車両の連結部分には、自販機だとか、喫煙スペースだとか、そんなものがいろいろある。
お盆だとか正月あたりには自由席車両に収まりきらない乗車客がこのスペースにあふれかえるのが常だが、平日の夕方、ただでさえ乗車客は少なく、連結スペースにももちろん人はいない。

「徳井、お前なにがいい?」

福ちゃんの左手には自分用の缶コーヒー。
俺の分まで買ってくれるつもりらしい。

「水ある?」

「あるよ」

「じゃ、それで」

「了解」

ぴっと軽い音がしてガシャコンとペットボトルが落ちる重たい音がする。

福ちゃんが右手でそのペットボトルをとって立ちあがるのを見計らって、俺は吸っていた煙草の火を灰皿に押し込んで消した。

「はい」

福ちゃんが水のペットボトルを俺に手渡そうとする。
その手首を俺はぐいっと引いた。

「おわっ」

福ちゃんはつんのめって俺の腕の中にすっぽりと収まる。
それでも両手に持った缶コーヒーとペットボトルを手放さないのが福ちゃんらしい。

俺はほぼ無抵抗な福ちゃんを車内販売のカートを置くためのくぼみに押し込んだ。
今はそこにカートはなく、そこに入ればどっちの車両からも俺たちの姿を見ることはできない。

思わず後ずさった福ちゃんの背中が壁について、すかさず俺は福ちゃんの正面に立った。
福ちゃんに逃げ場はない。


「おま、何してんねん。アホちゃうかっ!!」

福ちゃんの顔はみるみる真っ赤になっていく。
それを見て、福ちゃんが俺が何をしようとしてるか気がついたことを知って、知らずに顔がニヤけてくる。

「福ちゃん」

「な、なにぃ」

「ちゅーせえへん?」

「…イヤ」

俺は気付いてんで。返事の前にちょっとだけ躊躇ったやろ?
ほんまの気持ちはどうなん、福ちゃん?

「イヤか?」

「…ここではイヤや」

…可愛い。
あくまでそっぽをむいた福ちゃん。
耳まで真っ赤でイチゴみたいや。
ほんまはここでおいしく頂いてしまいたいけど、福ちゃんの気持ちを大事にしたいから、ここは引いておこう。
そのかわり、ホテルで二人っきりになったらその時は遠慮はせえへんで。
だから今は、これぐらいで勘弁したるわ。


ちゅ。



俺は遠慮がちに福ちゃんの耳にキスをした。
ここ何日かの経験で分かってきてん。
福ちゃん、耳責められるんが一番弱いみたいやねん。
そやろ?

体を強張らせて真っ赤になっている福ちゃんの体がぴくっと動いた。

「アホっ!!」

俺が身体を離してから数秒後、我に返ったように福ちゃんが怒鳴った。

そんな赤い顔で言われてもな。反省しようにもできへんやん。
ほんまに可愛いな、福ちゃんは。

「俺、先戻ってるから」

憮然とした顔で、足早に車両に戻った福ちゃんの背中を俺はにまにましながら眺めた。
きっと、赤い顔をあんまし見られたくなかったんやろ、と容易に想像がつく。
だから、ちょっとだけ時間をおいてから、俺も席に戻った。

福ちゃんは何にもなかったように熱心に雑誌を眺めている。

真中にどっしりと置かれている福ちゃんの荷物を、俺は今まで自分が座っていた席に移すと、さっさと福ちゃんの隣に座った。

福ちゃんはちらっとこっちを見たけど、それ以上何もいわずすぐに雑誌に目を戻す。
耳、まだ赤いままやで福ちゃん。


福ちゃんの右手にそっと俺の左手を重ねて、福ちゃんの長くて綺麗な指に俺の指をからめてみる。
嫌がられるかと思ったけど、福ちゃんはぴくっと動いただけで何も言わない。
その反応に気を良くして、ぎゅっと握ってみると、わずかだが握り返してきたようだった。
赤い顔の福ちゃん。
さっきから全然雑誌をめくってないやん。


俺はそのまま、ずっと繋いだままでいようと思うたのに、福ちゃんはするっと抜け出していこうとする。
そんなん寂しいやん。

そうさせまいとしてなお強く握ると、しばらく抵抗していたが、そのうち諦めたのかすっと手から力が抜けた。

そして、福ちゃんは、繋いだ手の上にがばっと着てきた上着をかけてくる。
俺と絡めた指が、福ちゃんのダウンジャケットで隠された状態。


……そんなに恥ずかしいん?俺と手ぇ繋いでるとこ見られんのが?

まあ、福ちゃんがそうしたいんやったらエエけど。
これやったら、護送されとる犯人みたいやで。
そこんとこ分かってる?


まぁ、こうすることで福ちゃんが恥ずかしくなく俺と手ぇ繋いでくれるんやったら俺は全然ええねんけど。


普段は休みも少ないし、滅多に二人になられへんねんから、こうやって新幹線に乗ってる時間かて貴重や。
特に他の人のおる前ではいちゃいちゃできへん俺とお前の関係なんやから。

だから、せめて大阪に着くまではこうして手ぇ繋いでいよな。


な、ええやろ福ちゃん。





end

はい。イライラするぐらいくっつきません。あの福ちゃんのことですから、すぐにはべたべたにならない感じがします。
ちなみに、福ちゃんが徳井君の肩に手を置いたのは、意識してのことです。福ちゃんの精一杯の、親愛の情の表し方ですね。計算とかではないです。福ちゃんは割と天然ですよ。
不器用な福ちゃんの分だけ、徳井君にはぐいぐい強引に引っ張って行って欲しいです。(希望)
駄文にお付き合いくださってありがとうございました。
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