書籍
□風邪
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あんなに収録の時間が長く感じられたことは今までになかった。
マジで椅子に座ってるのが精いっぱい。幸い、そんなに動くような番組ではなかったので、いつもよりやや無口な程度で済んだと思う。
…いつも、そんなにしゃべってへんし。
「福田さん、大丈夫ですか?私、送って行きましょうか?」
辻井さんの声が遠くに聞こえる。
「…平気ですよ。一人で帰れますって…」
「そんなこと言うても…。まっすぐ歩けてないですし」
苦り切ったような辻井さんの顔がぼやけて見えた。
「ああ、エエよ。俺が送ってくから」
後ろで徳井の声がする。けど、体の節々が痛くて、顔を動かすことさえ億劫だ。
「え、いいんですか?」
「うん。明日休みやし、やっぱ誰か看病する人がおらなアカンやろ」
「それやったら、お願いしますね」
辻井さんが俺にダウンジャケットを着せてくれる。
俺はなされるがままに、ふらつく体を横から徳井に抱えられる。
気付くと、俺はそのままタクシーに押しこまれていた。
こういうときの徳井は妙に行動的だ。
家に着くと、徳井は黙って、氷枕の準備をし始める。
俺はベッドの端に腰かけてその様子を黙って見ていた。
「徳井」
自分の声は思った以上に掠れていた。
「なに」
「…もしかして怒ってる?」
しばらくの沈黙。
「すこし」
やっぱり。長い付き合いやからなんとなくわかる。目を見ようとしないところとか、雰囲気とかから。
「なに怒ってるん?俺が風邪ひいたから?」
「ちゃうやん。そんなことで怒るわけがないやん」
徳井が口を尖らせて不満げな顔をする。
「あのな、俺が怒ってるんは、福ちゃんの、しんどい時に無理して、しんどいってちゃんと言わんところを怒ってんねん。言わんと分からんやろ?」
そりゃ、気付かんかった俺も俺やけど、とぼそっと呟く。
そんな徳井にたまらなく愛しさを感じてしまう。
おっさんやのに。
「とっくん」
「なにぃ」
いまだ不貞腐れたような徳井の顔になぜか笑いがこみあげてくる。
「好きやで」
思ったことを特に意味を考えず、ふっと口を衝いて出てしまったのは、やはり熱のせいなのだろうか。
「…福ちゃん、それってこないだの返事と思ってエエの?」
徳井にそう言われて、初めて自分の言ってしまった言葉の意味に気付く。
その途端、かーっと顔が熱くなっていくのがわかった。
「えっと、っちゃう。全然ちゃうで。今のはなんていうか、そういうのじゃないねん」
俺のあわてる様子を黙って見ていた徳井の目が、嬉しそうに細められた。
「福ちゃあぁぁん」
「うわっ」
徳井がいつものように抱きついてくる。
しかし、熱で力が入らない俺は受け止めきれず、そのまま後ろに倒れてしまう。
なあ、でもこれってなんかおかしない?
「徳井」
「なに」
「これってどういう状況なん?」
「んーん?俺に押し倒されている状況かな?」
…まあ、そやな。普通に考えたらそうなんやけど。
「…っってアホかあぁぁ!!」
「そんな興奮したら体に悪いって。冗談、冗談。今は福ちゃん風邪やから、この続きは治ってからのお楽しみってことで♪」
なんでコイツこんなに機嫌エエの?
ていうか、この続きってなんなん?
ていうか、俺が治ったらこの続きされるの?
なんなん?え、え?ちょっと待ってや。
あああ、もう!!混乱してきた。
っていうか、俺が悶々としている間に徳井が俺の服を脱がしてるんはなんでやぁぁ!!
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