別室
□元気のもと
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疲れた…。心身ともに疲れ果てている。
今日は東京、名古屋、大阪でネタ、それからまた東京に戻り番組の収録。
名古屋には遅刻するし、ネタではスベるし、新幹線内では無断で写真を撮られるし、おまけに凡ミスでむちゃくちゃプロデューサーさんに怒られた。
…いや、ミスした俺が悪いんやけども。
今まではずっと、若手若手といわれてきたけど、もう結構いい歳やし、そろそろ中堅といわれてもいいぐらいにはなってきた、…ハズ。
そんなに頭ごなしに怒られることもそうそうない。
あんなにめちゃくちゃ怒られたんは、何年ぶりやろう…。
…いや、ミスした俺が悪いんやけども。
しかし、なんというか…。
…ヘコむ。
家でぐったりしていると、携帯が鳴った。
『かぁしまー?遅ぅにごめんな。明日の新幹線の切符って川島が持ってる?』
あほのスティックパンの明るい声。
「…おう」
『どうしたん、めっちゃ暗いやん!』
…いや逆にお前はなんでそんなに明るいねん。
今何時やと思うてんねや。
『あーー!』
突然、田村が嬉しそうな大声を上げたので、俺は慌てて携帯を耳から離す。
俺の鼓膜を破く気か。
『お前、今日のミス、気にしてるんやろー!』
珍しく鋭いところをついてくるスティックパン。その鋭さを、俺との恋愛のほうにも向けてくれ。
『あんま、気にすんな!大丈夫やって』
全く根拠のない励ましの言葉。やけど、田村の素直さや優しさなんかが滲み出すような励まし。
愛しいスティックパンの声。
「疲れた…」
思わずぽろりと本音が漏れた。
『え?かぁしま、大丈…――』
ツー、ツー、
電話が切れる。
田村が電波の届かないところに移動でもしたのだろう。相変わらず、抜けている。
そのことで、なぜか気持ちが和んだ。
少しの間でも声が聞けて良かった。
俺は何でも理屈っぽく考えるほうで、気付いたら暗い方向にばっかり進んでる。そんなとき、田村はいつも根拠のない明るさで俺を救い出してくれる。
学生時代、俺は根暗が服を着て歩いているようなやつやった。きっと世界中の不幸を背負ってるような顔をしてたと思う。
そんなとき、田村と出会った。
俺なんかが想像もつかないぐらい不幸な目にあい続けてきたくせに、いつでもあほみたいに、にかにか笑ってる。人生楽しくてしょうがないみたいな顔して、まっすぐに生きている。
はじめは、全部が信じられなかった。
キラキラしてみんなの中心にいっつもおる田村が俺をコンビに誘ってくれたこと、そんな田村がとんでもない不幸の中で生きてきたこと、それやのに田村はまったく明るさを失っていないこと。
全部が嘘みたいやった。
そんな田村と出会って、俺の人生は少しずつ変わっていった。いつでも楽観的な田村は、確実に俺の性格を明るくしていった。
もう、運命やったとさえ思う。
でも、あんまり楽観的過ぎて怖くてしょうがなくなる時もある。
三日も何にも食うてへんねん、みたいなことを明るくいってくる。いや、笑ってる場合じゃないやろう、と。
正直で騙されやすいあほの田村。時々ものすっごく危なっかしくて、どんどん目が離せなくなっていった。
田村の声。元気で楽観的で、でも時々危なっかしい田村の声。
俺がしっかりせんと、と思うと体から力が湧いてくる。
俺のあほのスティックパンは、声だけでも俺を救ってくれる――。
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