□愛の深さ
1ページ/1ページ



石田は、嫌な予感がした。

金曜日の夜。雨がしとしとと降っていた。
徳井さんが浮気心を出すのは、いつもこんな日だから。



新宿の、少し古びたマンションの三階。
石田は目的の部屋のドアの前で、大きく息を吸った。
チャイムを押しても、何も反応はない。

ドアノブをひねると、鍵の掛かっていない部屋のドアは簡単にあいた。

「…福田さん」

電気の付いていない、暗い部屋の中に石田は呼びかけた。

「何しに来たん…」


冷たく、強張ったような福田の声が部屋の隅の方から聞こえた。

「福田さんこそ、何してんすか…」

石田は手探りで電気をつけると、無気力に窓の外を見つめる福田に歩み寄った。

福田の右手に握られているのは、鋭い光を放つカッター。

誰にも分からないように、福田はこれで二の腕の内側を、傷つけ続けている。
そのことに石田が気付いたのは、石田が福田のことを見つめ続けていたからだ。

今日も福田の腕は血だらけだった。

「また、こんなことして。貸してください。捨てときますから」

石田は、福田の手からカッターを奪い取る。こんなことをしても何の解決にもならないと知りながら。

石田は、救急セットを出してきて、福田の傷だらけの腕を、脱脂綿で血を拭き取り消毒し、包帯を巻く。
もう包帯を巻くことにもすっかり慣れてしまった。

「福田さん、痛ぁないんですか。こんなことして」

「痛いで…。めっちゃ痛い、石田」

福田の頬には涙が流れた跡があった。石田は、福田の言う、痛いというのが、物理的な痛みではなく、精神的な痛みをさすもののような気がした。


「アホですよ福田さん」

「知っとる」


石田は胸が引き裂かれそうだった。


「あんな浮気ばっかりする人のことなんか、忘れてください」

「…無理や」

「俺じゃ駄目なんすか?」

「………」

福田は俯いて黙ったまま、何も答えなかった。

石田は治療を終え、黙って立ちあがるとコーヒーを入れ始める。
コーヒーの香ばしい匂いで部屋がいっぱいになった。

「福田さん…」

石田はやや疲れた声で、福田の名を呼んだ。

「あなたが徳井さんのことを忘れられんのは知ってます。でも、一つだけお願いします。もう、自分の身体を傷つけるんはやめてください」

石田は福田に哀願した。

「…ごめん。ごめんな…石田」

福田の謝罪の言葉が、何に対するものなのか、石田には分からなかった。
石田の想いに応えられないことなのか、それとも自分の身体を傷つけることへの謝罪なのか。
それでも、俯いて、ただ静かに涙を流す福田に石田はそれ以上何も言うことができなかった。


「福田さん」

「ん?」

「好きです」

「…うん」

時間だけが静かに流れて行った。


end


雨の日に浮気をする徳井さん。それを待つ病んでる福ちゃん。そんな福ちゃんが好きな石田君。

石田君がかわいそうすぎる。そして、とてつもなく暗い…。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ