隠
□お酒
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ぼんやりと遠くを見ていた。仕事が終わって、ソファに腰かけて。
窓の外は夜でも明るい。車も多いごみごみとした都市。ビルが乱立していて、物理的には遠くを見ることなんて不可能なのだけれど――、。
自分が自分であるという実感が薄れていく。
いつもと同じ夜。違うのは徳井がいないことだけ。
心が少しだけ傷んだ。
でも、そのうちそれにも慣れてしまうのだろう。
良いこともある。酒が心置きなく飲める。
不思議だ。今までは飲みたいとも思わなかった酒を、今は飲みたくて仕方がない。
「ちょ、馬鹿っ!何やってんねん!」
俺の手から無理矢理酒瓶が取り上げられた。
いないはずの徳井がいる。
そういえば合鍵をまだ返してもらってなかった。
なんで来るんや徳井。
「酒、返して」
俺の声は冷静そのもので、逆に徳井の声は、これ以上ないくらいに動揺してた。
「あほっ。医者に止められてるやろっ!」
徳井は、焦ったように俺から酒瓶を隠した。
……あほはそっちや。俺が酒を飲む理由もわかってへんくせに。
酒だけが俺を安らかに眠らせてくれる。酒だけが、俺を不安から解き放ってくれる。
お前はそんなことも分からんくせに俺からその安らぎを奪うんか?
「……頼む。酒はやめてくれ…。お前が死んだら…、俺は、…、っ」
…徳井。
なんで?なんで、泣いてるのん?
俺は、お前の幸せだけを考えてるのに。
お前は幸せにならんといかんのに。
「返して」
俺の声は非情なまでに冷酷で。
「嫌や」
徳井の声は湿りを帯びていた。
「これ以上、自分を傷つけるんは、やめてくれ。頼むから…、頼むから、もっと自分を大事にしてくれやっ‼」
徳井の声は、悲鳴のように響いた。自分のことでもないのに。
「福田、好きや…。好きなんや…」
徳井が俺の身体を痛いくらいに抱きしめてくる。でも、俺はそれを奇妙なほど客観的に受け止めている。
「うん。知ってる」
「福ちゃん。どこにもいかんといて。俺はお前なしでは生きられんのや」
唇が重なる。俺はただそれを受け入れる。性急に、切羽詰まったようなその口づけに徳井の焦りを感じる。
唇に、額に、頬に、首筋に、鎖骨に、わき腹に。徳井は、華を散らしてゆく。
「好きや。好きやっ…。福ちゃんっ。愛してる…‼」
徳井はすすり泣く。
俺が女やったらよかった。あるいはお前が女やったらよかった。決して幸せになれない恋愛。
「福ちゃん、好きや…」
徳井が、本日何度目かもしれない愛をまたしても囁く。
「…あほ」
「…え?」
「…俺もやバカ。」
「……っ‼」
…堕ちてゆこう、お前と一緒に。きっと、二人で一緒なら怖くない。
たとえ地獄の底でも、二人で笑いを作ろう――。
END