書籍

□入院
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テレビの収録が終わり、自分の家に戻った俺は病院に入院している福のところに電話をかけた。


トゥルルル、トゥルルル。

コール音、三回目で福田が出た。

『ん、なにぃ』

ちょっと遠い、久しぶりに聞く相方の声に、俺の張りつめていた心が和んでいくのが分かった。

「おお。今、何してるん?」

『いま?今はテレビ見てた。なかなかこんなに長いこと休みとられへんからなぁ。今のうちに勉強しとこ思て』

割と元気そうな福田の声に俺は安堵のため息をついた。

「今日のいいとも!見た?」

『おん、見た見た。ごめんな、一人で仕事させて』

「ええよ、そんなん。気にすんなって」


福田は今、急性膵炎で入院中だ。俺は福田が病院に運ばれた時のことを思い出していた。


テレビの仕事の最中に、みぞおちのあたりを押さえて、福田は顔面蒼白になり脂汗を流して倒れた。

「福田っ!」

「福田さんっ!」

今まで痛みを我慢していたのか、息は切れ切れで、立ちあがることすらできない程の激痛に襲われた福田は、ただただ身体を丸めて呻いた。

その日はたまたまマネージャーが現場に来ているときだったので、マネージャーが呼んだタクシーに乗せられて福田は慌ただしく現場を去って行った。

俺もついて行きたかったのだが、ロケの最中だったこともあり、俺には福田を見送ることしかできなかった。

それから二時間ほどして、携帯が鳴り飛びつくように出ると、マネージャーの疲れたような声が聞こえた。

『福田さんなんですけど、急性膵炎だそうで、緊急入院が決まりました。でも、命に別条はないのでご心配なく。そんで、これからの仕事、しばらくは一人でやってもらう方向になりそうなんです』

急性膵炎。最近では、中川家の剛さんや、次長課長の河本らがそれで入院していたこともあり、耳にしたことのある単語ではあったが、そんな大きな病気にまさか福田がなるなんて、とても信じられなかった。

マネージャーの言葉もほとんど耳に入ってこなかった。

よく考えれば、以前からその初期症状はみられていた。
一年ぐらい前に、福田が訴えていた背中の痛み。なぜあの時に自分は病院に連れて行かなかったのか。
福田が、大酒のみだということを知りながらそれを諌めることもせず、自分は何をしていたのか。

自責の念にとらわれて、俺は天を仰いだ。そうでもしないと涙が零れ落ちそうだったから。

『徳井さん?大丈夫ですか?』

電話越しに徳井の異変に気付いたマネージャーが心配そうな声を出す。

「おお…。そんで福田は?どんな感じなん?」

今、変わります、というマネージャーの声のあと、心の準備ができる前に、徳井?と福田の声がした。

『ごめんな。こんなことなって』

福田の声はひどく掠れて、がさついていた。
こんな時なのに、真っ先に俺に謝ったのが福田らしくて、なんだか泣けてきた。

『見舞いとかは来んで大丈夫やから。割と元気やし、徳井には迷惑かけるけど、復帰するまで待っててくれる?』

「当たり前や、アホ!!はよ元気なれよ」



そう言って福田を怒鳴りつけたのが三週間
前。

福田は俺には強がって何も言わなかったけれど、福田の病状は大分悪かった。

マネージャーによると、一時は、四本の点滴を二十四時間つけていてだいぶ辛そうだったらしい。
しかし、今では二十四時間点滴とは言うものの、もう一本だけで、大分回復してきたという。

結局俺は福田の見舞いには行かなかった。
福田が気を使うだろうということもあったし、点滴を付けた痛々しい福田の姿を見れば、平静を保てなくなるような気がしたから。
だから、こうやって時々思い出したように電話をかける。

福田の声を聞くために。


『徳井?おーい、徳井?』

「あ、スマン。ちょっとぼーっとしてたわ」

『疲れてんの?』

電話の向こうで福田がほほ笑んだのが分かった。

『もうすぐ退院できそうなんやけど、復帰したら髭そらなアカンなぁ』

福田の残念そうな声が聞こえてきて思わず俺の顔にも笑みが浮かんだ。

「だから、福ちゃん、髭似合ってないて。俺いっつも言うてるやん」

『そんなことないよ。けっこうイケてるやろ』

そんな他愛もない話をして、じゃあ、と福田はあっさりと電話を切った。

その後に残る、ほのかな寂しさ。
会いたいなぁ、と漠然と思った。いつもやったら福の家まで車で行くところなんやけど、今はそういう訳にもいかない。

仕方がないから俺は、福の部屋から盗ってきた長袖に残る福の香りを吸うことで心を慰めた。

そして、そのあと、そのシャツは、見つからなさそうで見つけやすい、絶妙な場所に置いておく。
福ちゃんが元気になった時に、それを見つけて、顔を真っ赤にして怒ってくれることを期待して。

その場面を想像して、俺はひとり部屋の中で笑みを浮かべた。




end

福ちゃんの入院話です。なんだか重くなってしまって、自分でも焦ってます。
文体が変わってることにはあまり触れないでください。すべては福ちゃんの入院と同時に訪れたスランプのせいです。
駄文にお付き合いくださりありがとうございました。

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