書籍
□激励
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福ちゃんが最近元気がない。
本人は気付かれてないつもりなんやろうけど、三十年近く一緒におって、しかも恋人の俺が気付かんはずがないやろ?
今日のイベントでも、妙にツッコミの間が悪い。四分の一拍ほど、ツッコミのタイミングが早いねん。
仕事に対しては誰よりも自分に厳しい福ちゃん。こんなの、いつもやったら、絶対にないことや。
お客さんも笑うタイミングを計りかねて、滑るほどではないにしても、…なかなか…エエ感じの空気になる…。
で、福ちゃんが焦って、さらに間が悪くなる。悪循環や。
「ごめん」
本人もそのことをよく自覚してるみたいで、舞台そでにはけた後に真っ先に俺に謝った。
俺は別に謝ってほしいわけやないねんけど…。
けど、今はなに言うても逆効果になるんは大体経験で分かってるから、あえてそこには触れず、わざとらしいぐらい明るい声を出す。
「そや、福ちゃん。今日、福ちゃんち行ってもエエ?」
福は俯いてた顔をふっとあげて、ふわりと笑った。
「ぉん。それやったら、なんか料理作ったるから、一緒に夕飯食べよ」
…なんや、ひどく儚げな福ちゃんに俺は本気で心配になる。
珍しく、本気落ち込みしてるみたいやけど、その原因に心当たりはない。
何かあったんは間違いないやろけど、それを直接訊いてしゃべるような福ちゃんじゃないねんな。
手間がかかるけど、愛する福ちゃんのためや!時間をかけてゆっくりと探りを入れて、福ちゃんを励ましたらな!
合鍵で福ちゃんのうちに入ると、もう料理のエエ匂いがしてた。
料理が趣味な福ちゃんは、休みの日とかにも手の込んだ料理を作ったりしてる。その腕前は大したものだ。
「おぉ、徳井。もう出来てるから座ってな」
台所から顔を出した福ちゃんはかわいいエプロン姿。
…そや。今度福ちゃんに裸エプロンさせよ。
ピンクのことを考えてる俺にはお構いなしに福ちゃんは着々と食卓を整えていく。
出てきた料理は見慣れへん風貌をしていた。
「福ちゃん、これ何?」
「ん、ミートストロガノフ」
やっぱり訊きなれへん名前。覚える気もないねんけど、福ちゃんがせっかく作ってくれた料理なんやから、一応名前ぐらい知っときたいやん?
「福ちゃん」
「ん?」
「なんか嫌なことでもあった?」
俺は軽く探りを入れてみることにする。
「…別に?なんもないよ?」
やっぱし、アカンかったか。悩んでる時ぐらい俺に相談してほしいねんけど、福ちゃんの性分として、そういうのができへんねんな。
これは長期戦になるんを覚悟でいかな。
そんなことを思ってた、その日の夜。結局遅くなってしまったため、俺は福ちゃんのうちに泊まることになった。
福ちゃんの規則正しい寝息が聞こえてきて、福ちゃんが眠りについたことを知る。
けど、俺はなぜか眠れず、寝返りばかりをうっていた。
そんで、水でも飲もうと思って起き上った時。
福のパソコンがちかちか点滅してるんが目に入った。
ああ、福ちゃん電源切り忘れてんな、と思って何気なくパソコンの前に座った。
二、三回キーを叩いて明るくなった画面を見て、俺は息をのんだ。
「…なに…これ…」
明るくなった画面が写していたのは、インターネットの掲示板で、おそらく福ちゃんが俺が来る前に見ていたものなのだろう。
書き込みは俺の来た時間より少し手前で終わっていた。
チュートの福田ってクソつまんなくないですか?
つまんないです。彼は徳井さんがいなかったらただのクズです。
福田、死ね!
なんであんな面白くない人が芸人やれてるのかが分からないですよね。
福田充徳氏は才能はゼロ。ただ運が良かっただけ。
悪意にあふれた書き込み。見ている方が恐ろしくなるような、不特定多数の人物からの悪口。
福ちゃんが最近落ち込んでいる理由はこれだったのかと納得がいくと同時に、憎悪に近いどろどろとした怒りが腹の底から湧いてきた。
福ちゃんの地味なところとか、あまりしゃべらないところとかは、紳助師匠や、他の芸人さんもたびたびイジるけど、それはイジられてなんぼ、というところがあっての話だ。
お互いそれが、半分はネタであることを理解している。
つまり、本気でああいう悪口を思っているわけではないのだ。
芸人にとってはイジられる状況もおいしい、シュチュエーションなのだから、イジりは半分は愛情の裏返しだ。
だから、いくら芸人とはいえガチでこういう悪口にさらされれば、傷つかないはずがない。
俺はその晩一睡もすることはできなかった。
いくら考えても、福ちゃんを励ますための言葉が思いつかなかった。
「で?僕らを呼んだんですか?」
都内の居酒屋で、目の前には井上と石田。舞台衣装の白黒スーツ姿ではないため、あまり目立つことはない。
「そうやねん。どうしたらええんかな?」
俺は深夜のローカル番組で共演中のノンスタの二人に相談をすることにした。
「まぁ、井上さんもけっこうネット上で叩かれてますからね。そういうことやったら、俺らはプロってますよ」
石田の言葉に井上が横でうなずく。この二人はイキリキャラを売りにしてるから、確かに風当たりも強いだろう。
「やけど、井上の場合は半分はキャラやろ?ネタのための。福は自然体で、おもんないって言われてるからなぁ」
「まあ、そうですね。ガチでおもんないは、ちょっとこたえるかもしれないですね」
「それに、井上さんの場合はイキってイジられてなんぼ。みたいなとこありますし」
俺の言葉に二人が同意した。井上は無意識やろけど、あの前髪のとんがりをちょっと触ってうなずく。
「そういえば、福田の兄さん、最近、元気ないですもんね。そんな本気で落ち込んでんすか」
石田が枝豆に手を伸ばしながら言った。
「そやねん。ああ見えてあいつ、割とメンタル弱いねん。俺、どうしたらええんかな…」
「逆に兄さん、どないしたんですか?福田さんに。なんか励ましたりとかはしてないんですか?」
井上は俺と福ちゃんの関係を知ってるだけに、熱心に身を乗り出して訊いてきた。
案外、石田も知っとるんかもわからんけど、こいつはよう分からん。
「まだなんも」
「それやったら、みんなでなんか考えましょか」
「何?『福ちゃん元気出して大作戦』みたいなん?」
「…まあ、ネーミングセンスは最悪ですけど、そんなとこです」
井上は苦笑いをして、また前髪のとんがりに手をやった。
かくして『福ちゃん元気出して大作戦(仮)』の計画が始まった。
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