書籍

□初雪
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せっまい部屋にシングルベッドが二つ、あとは小さいアナログテレビがあるだけの変わり映えのしないいつものホテル。


「福ちゃん、夕飯どうする?」

「ん、外に食いに行こかな、思うてんねんけど」

ここのホテルは中で食事するとこがないから、大概はコンビニ弁当か外食が基本や。

「あ、ほんまに?」

「こんなことでウソついてどうすんねん」

「なあ、じゃあ俺も一緒に行っていい?」

「エエけど、来てもなんもおもろいことないで」

いつもは、そんなことでいちいち了承なんて取らずに勝手に付いてくるくせに。

そんな事を思ってたら徳井が俺の方を見て、にこっと笑った。

「エエねん。福と一緒にいたいだけやねんから」


…不意打ちやわ。そんなん絶対ずるい。
もう意識しすぎて徳井の顔もまともに見られへん。

俺は、お前と二人っきりでこんなに緊張してんのにお前はあくまで自然体やんな。
自然な感じで手ぇとか繋いでくるし。
もう心臓に悪い。こんな生活。

「なに食う?お好みとか?俺、奢ったるで」

「いや、別にエエよ。俺もちゃんと稼いでんねやし」

徳井は妙に上機嫌だ。こいつが機嫌がいいのはいつものことやけど、今日のテンションはちょっとキモい。
なんか、足が地面についてない感じでふわふわしてる。

「彼女に奢ったるんが彼氏の甲斐性やろ」

「いや、俺も男やし、別にそんなん気ぃ使っていらんから」

「ちょ、待てって。おい」

徳井の制止を聞かずに俺は一人で部屋を出た。
背中を廊下の壁に預けて、徳井が準備して出てくるのを待つ。

「ふう」

俺は大きく息をついて天井を仰いだ。
徳井のことは大事だし、好きなんだけれども、正直なところ、今更どう付き合っていいか分からない。

ずっと友達とか家族のように思って付き合っていた相手と、急に恋人になったのだ。
いまさら、最近のカップルのようにべたべたとくっつくのも不自然だし、そんなことはまず恥ずかしすぎて心臓が持たない。

徳井は俺はどんな風に付き合いたいと思ってるんやろ。
俺がこんな態度をとり続けてたら、徳井に呆れられて嫌われてしまうんやろか。

「お待たせ福ちゃん」

コンタクトをはずして黒縁の眼鏡をかけた徳井はいつもより恰好よく見えた。
プライベートでは徳井は滅多にコンタクトを付けない。
いわば、コンタクトを付けてるときは仕事用の顔をしている時なのだ。
プライベートの徳井の顔は割とまじめで凛々しい。
今日の徳井はラフなチェックのシャツとジーパンを見事に着こなしている。
徳井は割と身長が高いから、何を着ても映えるんや。

「そんなにじろじろ見んとってぇ、いやらしいわぁ〜」

俺がまじまじと徳井を見て物思いにふけっていると、徳井が体をくねらせて、目をしぱしぱさせて俺に色目を使う。

あ、仕事の時の顔に戻ってしもた。
この顔も嫌いやないけど、俺とおる時ぐらい肩の力抜けばええのに。

「アホか。行くで」



来たんはイタリア料理の店。小さい店やけど、割と安いしおいしいねん。
ロケで一回来たことがある店で、割と吉本の芸人はよく来る店の一つ。

お洒落な店やのに、俺はなんとなく、ギクシャクした感じ。
徳井はニコニコしながらパスタを口に運んでる。
美味しいって評判の店やのに、なんだか、味がしない。

「福ちゃん、どうしたん?あんま食べてないけど」

「ん?…ああ、ちょぉ、食欲ないみたいやわ」

徳井は何かを窺うように俺の顔を覗き込んできたけど、俺はその目をよう見んかった。

あ、ちなみに徳井は食後のジェラートまでしっかり食べてましたよ。
それも満面の笑顔で。さすがは吉本きっての甘党や。



部屋に戻るとなお居心地が悪くなった。
二人っきりの空間で、いつもは感じない緊張感に胃が痛い。
つい、酒に手が伸び、缶ビール二本はもう空になった。

「福。深酒したら明日しんどいで」

徳井君、そんなこと言うても酔うてでもおらんと怖くてしゃあないんです。

「もうアカン。こっち貸し」

徳井が俺が今まさに開けようとしていた三本目の缶ビールを、俺の手から奪った。

「あ、おい。なにすんねん!」

あわてて、缶ビールに手を伸ばしたけど、徳井がすっと上にあげてしもうて、俺の手は宙をかく。

「福」

徳井が厳しい顔をした。
いつもはへらへらしてることが多い分だけ、俺は思わずひるんでしもた。

「なにぃ」

「無理せんでエエよ」

優しすぎる徳井の声。

「別に…無理なんか――」

「してるよ」

徳井の言葉に俺は思わず俯く。
そしたら、頭の上に徳井の大きな手がポンと置かれた。

「だって、福ちゃんさっきから俺の顔、全然見ぃひんやん」

ほんまにその通りで俺はもう何も言われへん。

「なあ、俺はどんな福ちゃんでも大好きやから。だから無理せんでエエよ。俺待つから。イヤやったらイヤって言うても全然いいし」


目じりからじわっと涙があふれ出すのがわかった。
俺は酒ばっか飲むもんやから、涙腺がもろくてしゃあない。
指で目頭を押さえ、なんとかこれ以上涙が溢れ出すのを防いだ。

「徳井、ありがとう。ごめんな」

「そんなん謝らんといて」

徳井は口角をきゅっとあげて優しいほほ笑みを作る。
けど、分かる。きっと徳井も無理してる。
徳井は、俺ともっといちゃいちゃしたりしたいんやろ。お前はそういう性格やもんな。
それやのに、俺のこと気にしてそんな優しいこと言うてくれてんねんな。
ありがとう、徳井。


俺は徳井の胸元をつかんで、半ば無理やりかみつくようなキスをした。

徳井の唇のやあらかい感触が妙にリアルに俺に伝わってくる。

ほんの一瞬、ついたと思ったらもう離れているようなかわいいキス。


「…福ちゃん!」

徳井は心底驚いたように口元を押さえて、目をまん丸にしてる。
…もう、こんな恥ずかしいことをすんのは最初で最後や。
酔った勢いでしたことやと忘れてしまおう。

「おやすみ!!」

俺は勢いよく布団の中にもぐりこんだ。






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