書籍
□変化
1ページ/2ページ
「あ、福田さんおはようございまーす。もういいんですか?」
「あぁ、もうすっかり。おかげ様で。こないだは迷惑かけました」
福ちゃんがニコニコ顔でメイクさんに挨拶してる。
今日はテレビ局での収録が二本。それから明日の大阪での仕事のために、新幹線での移動が待ってる。
病み上がりの福ちゃんにはちょっとハードなスケジュールやけど、仕事の量で言うたら今日はそれほど多い量ではない。
「福」
「ぅん?」
「今日、新幹線でとなり座ってもエエ?」
「エエけど、別に。なによ突然」
ふいっと明後日の方を向いてしまう福ちゃん。
あれ?これって照れ隠しやんな?
メイクさんもまだおるし、俺らの楽屋に遊びに来た共演者の兄さんたちもおりはるし。
それにしても素っ気なさすぎや…。
せっかく両想いになれて、俺としては恋人まで一気に進んだつもりでおんのに、福ちゃんは一向に変わらへん。
俺が、どんなに甘い空気を作ろうとしても、するするとかわしってってしまう。
俺ら、想いを確認しあったやんな?と訊いてしまいたくなるような変化のなさ。
…まぁ、福ちゃんが急にべたべたしてきてもそれはそれで嫌かもしらんけど…。
……いや、別に嫌とちゃうな。むしろ萌えるかも。
ま、ええわ。それはそれで置いといて。
少しは分かるで。福ちゃんは恥ずかしがりやから、人前でいちゃいちゃしたくないちゅーのは理解できる。
やけど、あの夜から二日も経ってるのに、まだ、手ぇ握っただけってどうなん?
いや、分からへんで。分からへんけど。
男同士ってそんなあっさりした感じなもんなん?
俺、女としか付き合ったことないからほんまに分からへん。
福。お前は俺と、ちゅ、ちゅーしたいとか、それ以上のことしたいとか思わんの?
「コラ徳井、徳井」
「…え?あ、な、なんて?」
「…お前は散々人を無視しやがって、ほんまに」
呆れ顔の福田に、今まで考えていたことが考えていたことだけに、ついドキッとしてしまう。
「ほら、本番始まるから、スタンバイしにいかな」
ほんまに会話に色気がないなぁ。
いや、どうしたらええかって言われたら、ちょっと困るんやんけど。
「はいよ。妖怪、あ、間違えた、了解」
軽くボケたら、福ちゃんはものっそい勢いでくるっと後ろを向いてしまった。
漫才の最中じゃないんやから普通に笑えばええのに。
「お前、それ本番でやる気?」
福ちゃんは俺の方に向き直ると、けっこうな真顔で言った。
「え、アカンかった?」
急に不安になってくるやん。そんな顔されたら。
「いや、俺は面白かったけど本番でやったら絶対すべるよ?」
福ちゃんは口の端に笑いを浮かべる。
その顔に、俺の顔もついニヤけてきてしまう。
半分は照れ笑いで半分は満足から来る笑い。
「そんなにひどかった?」
「まあまあな感じやで。ほら今の楽屋のこの空気。スタッフさん一同、笑った方がいいか笑わん方がいいか、迷ってる、この感じの空気になるんちゃう?そんで、上田さんとかにイジられるんは間違いないな」
半笑いの福ちゃん。
笑いたいのを我慢してる顔や。
「エエよ。それならそれで、おいしいやん」
「ま、そうやけども。お前、本気でやんの?」
まだ笑いを顔に残している福ちゃん。
不意を突かれたギャグがよっぽどつぼにはまったらしい。
なあ、福ちゃん。俺は今も昔も笑わしたいんは、この世に一人だけ。福ちゃんだけやねん。
そのこと分かってる?
「さ、行こ」
さりげない感じでぽんと、俺の肩に置かれた福ちゃんの手。
福ちゃんの長くて綺麗な指。
紳助さんも褒めはるぐらい、すべすべな手。
普段、あんまり自分からスキンシップをしてこない福ちゃんにしては珍しい行動。
普段そういうのがない分だけ、俺の心臓、今めっちゃばくばくいうてる。
福ちゃんって天然なん?これって、計算してるわけやないやんなぁ?
俺、まだまだ福ちゃんにはまっていきそうやで。
・