書籍

□花見
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花見に行こう、なんて徳井が妙に浮かれて言うもんだから、ついそれに釣られてこんなところまで来てしもた。


桜は実に綺麗でまさに満開、花盛り。花見客でいつもネタ合わせをする公園も人でいっぱいや。


「なぁー、もう帰らへん?」
俺は少し不機嫌な声を出した。


「なんでぇ。今来たとこやん」
先を行く徳井が振り返って不満げに口を尖らせる。
あ、男前や。
桜をバックにした徳井は日本の男って感じで、めっちゃ格好エエ。男の俺が見惚れるくらいに。


「だって酒ないんやろ。酒もないのに花見なんかできるかい」


「福ちゃんはほんまに花より団子やなぁ」

徳井が呆れたように笑うが、気が乗らないものは仕方がない。


「俺、人多いとこ嫌いやねん。お前も知ってるやん」

「まあそう言わんと。ほら、福ちゃんこっち」


「ちょ、もう、なにぃ。ええって、マジで」
徳井が強引に俺の手を掴んで、ぐいぐい引っ張り始め、それに引き摺られるようにして、俺も公園の中心部へ向かう羽目になる。


俺だってさっきから結構な力で抵抗してるんやけど、びくともしない。
強い力やなぁ。
そんなところに不覚にも、どきっとしている自分がおった。
そのことを自覚した途端、急に恥ずかしくなって、全身の血が顔に集まっている気がした。
きっと顔は真っ赤なんやろな。


徳井が前向いてくれててよかった。じゃなかったらきっと変に思われる。


「ほら、ここやで」

徳井に案内されたのは小さめのブルーシート。


「ちょ、徳井君、アカンって、勝手に人のシートに入ったら」


慌てる俺を他所に徳井はさっさとシートに上がりこみ、胡座をかいて座った。


「大丈夫やって。これ俺のシートやから」


「え?」

一瞬空気が固まった。


「なにぃよ」


「これお前のなん?」


「そやけど」

一瞬の沈黙。


「ぶふっ、うはは」

その後に訪れた笑い。


「そんなに笑わんでもええやん」

海老折になって笑い転げる俺に徳井はいかにも不服そうや。


「ごめんごめん。あー笑うた」
俺は目の端からこぼれた涙を拭いながら立ち上がった。


「やけど、お前、めっちゃ準備万端やなぁ。さっきはたった今思い付いたみたいに言うとったクセに。まさか場所取りまでしとったとは」


また笑いがぶり返してきた俺を、面白く無さそうに見てた徳井だったが、出し抜けに俺の腕を引っ張った。


「おわっ。危なっ、何すんねん」

バランスを崩した俺は徳井の上にのしかかる。
気が付けば、俺と徳井はお互い仰向けに寝転んで、絶えずヒラヒラと舞い落ちる桜の花びらを見上げていた。


「綺麗やなぁ」

「ぅん…」


曖昧な相槌を打っていたら、横で徳井がむくりと起きあがった気配がした。


「福ちゃん!」
静かに桜を見てたと思うたら、突然、徳井が大きな声を出した。
次の瞬間徳井の端正な顔が俺の視界に飛び込んでくる。


「なにぃ」
俺の顔を覗き込んでいる徳井に、俺はわりと冷静な返事をした。


「俺のこと好き?」


「…なによ、突然。何でそんなこと訊くん?」
好き、の意味が俺のとは違うってわかっててもドキドキしてまう。


「ええから言うてや」


「なんでやねん。イヤや」

「そんなに照れんと」


「いや、照れてないけど、別に言うてどうすんねん」
尚もしつこく食い下がる徳井に折れるんは、いっつも俺や。


「…好きやで。コンビやし、幼なじみやしな」


俺の言葉に徳井はほんまに満足そうにニマニマ笑った。
そして、
「俺もやで」
なんて、さらっとそんな言葉をつづけたりするものだから。
なんだか切なくなってくる。


「福、今度のM1、絶対優勝しよな」


「…おぉ」
俺は徳井のその言葉を目をつむってきいた。


俺の瞼の裏には俺達がM1で優勝するビジョンが克明に映し出された。
それを見て、なぜか、ああ今年のM1は優勝するな、と漠然とした予感がした。


けれど俺はそのことよりも徳井の隣で漫才をしているのが、まだ自分であることが嬉しくて、徳井に見えないように、そっと笑んだ。




END
 

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