『花』小説2

□ありふれた人生I
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あれはいつの頃だったか。

…否、そう大して昔のできごとではない。佐助に名を贈ってからしばらく、初陣を迎えるまでの…まだ幸村が「弁丸」の匂いを拭いきれなかった頃の話。

あれから数年だ。たかが数年、弁丸の幼い面影はどこへやら。幸村はすっかり「大人」になった。



「…佐助、隠れておらずとも良い」



薄暗い林道から平地へ抜けて、焦げ臭く焼かれた空気に顔を顰める。背後をじりりと焼く暗闇に、隠れている「つもり」の鴉に同じ空気を吸わせてやりたくなった。

薄い暗闇から「ぬ」顔を出した鴉は、無表情を貼り付けたような不可思議な顔で幸村の隣に跪く。



「何のご用でしょうか、」

「酷い匂いだ。…ここまで焼かずとも、」

「そう思われるならば、踵を返しここから立ち去れば良いかと」

「まあしばし付き合え。息がある者は、拾って帰る」

「…御意」



側に置いていた馬に跨り、ゆっくりと走らせる。その横に佐助がついてくるのを確認して、幸村は周囲をぐるりと見渡した。

ここは戦場になった平地だ。小さな集落がいくつかあり、踏み荒らされた土地は敵もろとも火に掛けられた。戦を早く終わらせる為に致し方が無かった事とは言え、踏み場の無いほどに転がる骸やその臭いを嗅げばぎりりと胸が締め付けられるような思いがする。

…しかしそれも数年経てば、罪悪感から、自らにかけられた使命なのだと思い知った。



「…社か、」



しばらく馬を進めると、うめき声より先に小さな社が目に留まった。欠かさず花が生けられていたのであろう、崩れかけた社の前に萎びた名残が取り残されている。

幸村は馬を下り、社の前で倒れている骸の隣に跪いた。そっと手を合わせ、目を閉じる。



「……何を祈っているの、」



静かに声がかかり、幸村は静かに目蓋を上げた。横を見れば、佐助が隣に音もなく膝を突いている。視線は足元の骸でもなく、主でもなく、ただ前をじっと見据えているだけで。



「この者達が、迷わぬように」

「…ふうん」

「…某も迷う訳にはいかぬな」



幸村が一息吐きふと佐助を見れば、珍しく、というよりはむしろ初めて見る光景が其処にあった。

佐助が静かに目を閉じ、社に向かって手を合わせている。




「…、」



佐助の肌は青白く透き通って、長い睫毛が小さな影を生んでいた。橙色の髪の毛がさらさらとまるで風が通るような心地の良い音を奏でている。

美しい男だと、見呆けている間に佐助はすぐに立ち上がった。



「…旦那は迷わないよ。迷ったとしても、俺様がすぐ側にいますしね。例え見失ったとしても、必ず見つけ出します。…旦那の背後を守れるのは、俺様だけだから。


ですから、旦那は自分を信じて、真っ直ぐ前に進んで行けばいいんですよ」




当たり前だと、そう、思っていた。彼が探すまでもなく側にいることも、見失うことないと。

彼はいつしか、振り返ることを「忘れて」しまった。




おしまい
To be continue

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