『花』小説2
□ありふれた人生H
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「佐助!」
不意に、静かな場には似つかわしくない明るく華やかな声がした。はっとして視線を上げると、走り寄ってくるこれまた華やかな男が目に入る。
慶次だ。
「…あ、慶次」
佐助がほっとしたような顔になり、幸村は何故かまた「ちり」心が軋むような音を聞いた。
「佐助、今日今から政宗が飯奢ってくれるって」
「マジ?」
「何か、いらないパーティーに呼ばれたから、それを断る口実だって」
「何それ」
肩を竦めて笑う慶次に、苦笑する佐助。
(…慶次殿は、見るのに。笑うのに、あんな風に自然に…)
慶次と佐助は、いまの仲間が集まる前からの親しい友達だと聞いた。親友であるらしい。
「幸村は行く?」
「…いえ、某はまだ部活がありますので」
「そう?まあまた今度一緒に飯食べに行こうよ」
「慶次の奢り?」
「えっ、政宗じゃないんだから、割り勘で!」
「ケチ」
「はあ〜?ちょっとは遠慮しろってー!」
親友であるから、とりわけ仲が良い。…それは分かっている。
…けれど、彼の視線が自分に向かず、他の誰かに向けられているのに酷く形容しがたい「違和感」があった。
「あれ」は俺だけに向けられているものではなかったのか?
「…え、…あ、××…?」
慶次とその場から去ろうとする佐助の手を、幸村は無意識に掴んでしまっていた。驚く佐助に意識が急速に浮上し、慌てて手を振りほどく。
「…失礼しました。…では、某はこれで」
ちり、心臓が軋むような音がする。
しかしそれがどうしてなのか、その違和感の正体は、この居心地の悪さはなんなのか。
幸村はどうしてもぶれる太刀筋を回復することができず、思考の修正を図ることもできなかった。
それからぱたり、橙色の猫は道場へ訪れる事が無くなってしまった。
おしまい
To be continue