『花』小説2
□ありふれた人生H
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違和感がある。
(自分ですら分からないなんて、)
部活で勢いよく竹刀を振りつつ、幸村はその太刀筋がぶれている事を情けなく思った。
(…今日も、見に来ているのか)
竹刀を振りかぶって、突き出す。素振りをしつつぶれた太刀筋に再度頭を悩ませる。幼い頃から武道に勤しんでいるせいなのか、幸村はそれなりに周囲の気配に敏感になっていた。
それが、毎日熱心に注がれる視線になれば、尚更。
(彼は…一体何をしにここへ来ているのだろうか。剣道がしたいのだろうか、…興味がある?…しかしずっと俺を見ている…あんなにも普段、視線を逸らしているというのに)
最初、幸村は佐助が少し人見知りをする質の男だと思っていたのだ。だが、佐助は誰に対しても明るく、気さく に話しかけたり応じたりするのを見かけた事がある(それだけ佐助は目立つ容姿であるということ)。
それは昼休憩に集まる仲間達にも同じ。佐助は幸村にも明るく接するし、気さくに話もする。けれどそれはくまで表面上の話。
(…俺が嫌いなのかと思ったのだが)
そわそわと落ち着かない気配、更には全く合わせてくれない視線。彼と出会って数週間、まるで拾われたばかりの猫を相手にしているような…警戒し、緊張しているような素振りを見せる佐助に嫌われているのでは無いかと。
…しかしその猫、幸村が部活に出ると必ず道場の外に居座っている。
(あれで隠れているつもりなのだろうか、)
ブン、振り下ろした竹刀はすでに見ていられないほど筋が外れてしまっていた。
幸村は竹刀 を下ろし、一度息を吸い込むと素振りを止め踵を返してしまった。静かに、けれど迷い無く歩き、道場の数ある扉の内、一つを思い切り開いてしまう。
「……え、」
そこにはオレンジ色の猫が…まるで意表を突かれた様子で口を空け立ち惚けてしまっている。
「××殿、そのような所で見学せずとも、中に入っては如何か?」
にこりと微笑んで言えば、佐助が一拍おいておろおろと視線を彷徨わせ始めた。
(…また、この男は視線を逸らす)
何故か、心がちり、軋んだような気がした。さっきまでの刺さるような視線を、正面から見据える事ができない。
「あ、えっと…どうして、分かって」
「毎日ずっと見られていては、某で無くても気付くかと。剣道に興味がおありか?」
「…、え、っと…」
目に見えて動揺している佐助に、幸村は沸き上がる「違和感」に戸惑った。
「あれ」はこんな容姿だっただろうか。
「あれ」はこんなにも不安定な存在だっただろうか。
「あれ」はこうも、真っ直ぐな視線を寄越しただろうか。
(…“あれ”…?)
今にも逃げ出しそうな佐助を見下ろして、幸村は何故か乱れた思考回路を持て余している。
そう、彼には「違和感」ある。それが何で、どうしてそんな事を思うのかー…