『花』小説2
□ありふれた人生F
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「××殿、半分お持ち致します」
幸村は、佐助の事を「佐助」とあまり呼ばなかった。慣れていないという所為もあったのかもしれないが、不思議と佐助“だけ”は、愛称で呼ばれる事が少なく。
「え?ああ、ありがとさん。俺様華奢だけど、これくらい持てるよ」
「いや、そう言わず。先程足元がふらついておられました故」
「(…寝不足、)」
「何か?」
「んーん。さっさと運んでしまおうぜえ〜」
課題で集められたノートを持ち、二人して教室を出る。佐助はどこか覚束ない足を引きずって隣に並び、ごく自然な仕草で幸村の容姿を観察した。
幸村は佐助よりも背が僅かに高い。僅かにとは言え、拳くらいは差異があるのだが。焦げ茶の髪の毛はさらりと美しく、目元には長く睫毛が美しく揃っている。肌もするりと滑らかで唇も程よく水気を帯びていた。
(旦那の癖に生意気)
佐助はどこか拗ねた風な表情になって、無言のまま冷えた廊下を歩く。
あの頃は。“彼”の髪の毛は戦場に晒されごわごわと手触りも悪く、肌や唇はかさかさと荒れ放題。
当時意識していなかったが、今にすると随分と荒んだ日常を送っていたように思う。
(…瞳だけは、変わっていない)
拗ねている、という よりも照れていると言った方が正しいのかもしれない。
彼がこんなにも美しい人だったのかと、そしてその美しい容姿ですら、滲ませてしまう凛々しい瞳はあの時のままで。
嗚呼、これが“あの人”でなくて、誰だと言うのか。
「…××殿?如何なされた。着きましたぞ」
「!あ、ごめん。めっちゃぼーっとしてた」
「某は数日拝見していただけですが…××殿は少々、和やかな御方ですね」
…まただ。
幸村のはにかむような微笑みに、佐助は僅かに視線を逸らした。
高鳴る胸が与える刺激はむしろ苦痛で、佐助は心臓が締め付けられる感触を何とか「笑み」に変える事でやりすごした。
想い人の笑顔がこんなにもすぐ側にあって、手だってすぐ掴める距離にあって、いきなり死ぬわけでも無いし追いかけなくてもいい。
(ねえ旦那…"あの時"、俺に何て言おうとしたの…?)
それが例え「別れの言葉」でもいい。彼を、あの人を…ややこしい全ての感情から“逃れる”方法を探そうとしていた。