『花』小説2
□ありふれた人生F
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どうやっても届くはずはないのに。
「…ッ!」
カーテンの隙間から柔らかい陽の光りが差し込んでいる。しかしそれは僅かなもので、薄暗い室内の空気を引き裂く勢いで佐助は「ばさり」飛び起きた。
「っ勘弁してくれよ…ッもう…!」
くしゃりと顔を手で覆って、華奢な身体をみの虫のように丸めて蹲る。佐助の声は一晩叫び続けていたように枯れていた。
その日見た夢は、珍しく“彼”が微笑む夢だった。
(…あんな顔を見た所為だ)
幾らか冷静になった頭で、佐助がうんざりしたように思い至る。
『真田幸村と…名乗る事に致しましょうか』
つい先日。学校に転校してきた男子生徒は、容姿が佐助の“想い人”に瓜二つであった。
(旦那じゃないって分かってる…いや、でももしかしたら本当に記憶だけ無くしただけなのかも。…記憶を失ったら俺も過去の俺では無くなるのか?記憶が無くなってしまえば、絆なんてものは無かったのも同然なのか?)
ここ数日、佐助が悪夢に魘されながらも鬱々と悩んでいること。
「……容姿や記憶が違っていたって、俺にはあの人が分かる筈なんだ。だから、だからあの人は…きっと、」