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□明鏡止水
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「う〜〜〜ん…」
机に向かう事、数時間。
ぴくりとも動かないペンに、我ながら情けないと思いながら。
それでも何とか進めようと紙に向かい、眉をしかめる。
だがしかし。
やっぱり思いつかないものは思いつかないのだ。
「…完全に、スランプだー…」
は〜っ、と深いため息ひとつルーシィは、えーいっ!とペンを放り投げた。
※
「あ〜〜〜…どうして〜〜……」
ギルドに着いて早々、テーブルにひとり突っ伏して唸るルーシィ。
ここ数日、ずっと小説の執筆が思うように進まず。
(というか、全く進まず)
何が悪いのかと頭を悩ませる日々が続いていた。
気晴らしに本を読んでみようとギルドへ持ってきたものの、ページを捲る気にすらならない。
大好きな作家さんの本ばかりのハズなのに。
「思ったより重症だ〜…」
コツン、と額をテーブルに乗せると、はぁぁぁ、と深いため息をつく。
そんなルーシィの様子を、グレイがそっと見つめていた。
―こんこん。
自室で机に向かったまま、うつらうつらと眠気に襲われていたルーシィは、ドアをノックする音で目を覚ます。
時計を見ると、もうすぐ夜が明けようかという午前4時過ぎ。
―…こんな時間に一体誰?
寝ぼけたままの頭で、のろのろとドアへと向かい鍵を開ける。
何の警戒心もなくドアを開けるとそこには。
ぴったりとした服を身に纏った、グレイの姿があった。
「あー…?グレイ?」
「よっ。寝てたか。すまねぇな」
「あぁ、別に…。ってか、どうしたの?こんな時間に」
「長袖とズボンに着替えたら、下、来いよ」
「…あ?何それ」
「いいから、着替えて来い」
それだけを告げ、ルーシィの返事も聞かずに降りていくグレイ。
こんな早朝に押しかけてきた無礼も詫びず、更に着替えて出て来いとまでの給うその非礼っぷりをどうしてやろうかと思いながらも。
こんな時間にわざわざ尋ねて来たからにはきっと何か特別な理由があるのではないか、という思いもあり。
呆れてため息をつきながらも、大人しく言われた通りの服装へと着替えて外へ出る。
すると、そこにあったのは。
「―…ナニソレ」
「見りゃ、分かるだろ」
「いや…ソレが魔道二輪だっていうのは分かるんだけど…」
グレイが軽く体を預けてもたれていたのは、大型の魔道二輪。(つまりバイク)
あのぴったりとした服は、俗に言う“ライダースーツ”というヤツか、と何となく頭の隅で納得するルーシィ。
その頭にいきなりズボッとヘルメットが被せられ、わたわたしているウチに後ろのシートに座らされ。
「俺の体にしっかり掴まってろよっ!」
グレイはそう言い放つと、ルーシィの返事も聞かずアクセルを噴かして走り始める。
「ちょっ…、ちょっと…っ!ま…っ、きゃーーっ!!」
右へ左へと大きく傾きながらかなりのスピードで飛んで行く風景に恐怖を感じつつ。
絶対に振り落とされないようにと、ルーシィは必死にグレイの腰にしがみつく。
今まで魔道二輪なんて乗ったこともなければ近寄ったこともないシロモノ。
どこかで聞いたか読んだか、頭にあるのは“魔力を使って二輪で走る乗り物。2人乗り可”ぐらいの知識のもんだ。
それに突然乗せられた上に猛スピードで振り回された日には。
「いやーっ!降ろして〜っ!助けて〜〜っ!!」
ルーシィには叫ぶぐらいしかできる事はない。が。
その声は、耳元を吹き抜けていく風の音の上に、ヘルメットを被っているせいで運転しているグレイには届かない。
とりあえず今は魔道二輪が止まるまで、落ちないように必死にグレイの腰にしがみ付く事だけを考えようと頭を切り替えると。
ルーシィはぎゅっと強くグレイの腰に回した腕に力を入れた。
そして、いつまでも続く恐怖に朦朧としそうになった頃、ブレーキの音を立てて魔道二輪が静かに止まった。
「さ、着いたぞ。降りてヘルメット取れよ」
「あ〜〜…?」
強くしがみ付き過ぎたせいで、ぷるぷるする腕を叱咤しながらも。
ルーシィは何とかよたよたと魔道二輪から降りると、力の入らない腕で必死ヘルメットを外す。
すると、ルーシィの目前に広がったのは。
「う…、わあっ!!何これ!すっごい綺麗!!」
一面真っ白に広がる雲海。
その向こうから半分ほど顔を出した、夜明けの太陽。
赤い光が雲海を照らし、白い雲の海に赤い海が混じり。
夜明けの冷たい空気がそこへ痛い程の神々しさを加える。
目の前に広がる風景はどこか異世界のように凛とした気配が漂い。
ちっぽけな悩みなど吹き飛ばしてくれそうな、そんな雄大さが満ち満ちていた。
「綺麗だろ?」
あまりの凄さに目を奪われて固まってるルーシィに、優しく笑いながら話しかけるグレイ。
ルーシィは微動だにしないが、そんな様子を気にする事なく続ける。
「この景色は、俺の一番のお気に入りなんだ。
辛い時とか困った時とか立ち止まった時とか…何か自分と向き合いたい時に、ここに来るんだ。
小さな自分なんか、簡単に吹っ飛ばしてくれそうなこの風景に何だかとても安心して。
それで少し気持ちが楽になる。俺にとって、とても特別な場所なんだ」
ゆっくりと顔を向けたルーシィに、グレイは少しだけ笑うと頭をぽんぽんと軽く撫で。
そしてそのままぐしゃぐしゃとやや乱暴に髪を掻き混ぜた。
「…ちょっ!何…っ!!」
「お前にだけ、ここを教える。だから、何か立ち止まった時は、ここに来てみろよ」
「私に、だけ…?」
「おぉ。特別だ」
滅多に見せない全開の笑顔を浮かべ、ルーシィを見つめてくるグレイ。
その笑顔にルーシィはドキッとしながらも、平然を装いつつ慌てて視線を外した。
「あ、ありがと…っ」
朝焼けで周りが赤くなってて良かった…と、心の中でそっと思いながら。
ルーシィはきっと赤くなっているであろう頬をそっと手の甲で擦ると、ゆっくりと昇り続ける朝日へと視線を向けた。
◆明鏡止水(めいきょうしすい)◆
(グレイ→ルーシィ?)
「ね、グレイ」
「お?何だ?」
夜も完全に明け、そろそろ帰ろうかとグレイが魔道二輪に跨った時。
両手に抱えたヘルメットを俯き見つめながらルーシィが声を発する。
「あ、あのさ…っ」
「何だよ?」
「またっ、ココに連れて来てもらっても…いいかな」
下を向いたまま、視線だけでちろりとグレイの顔色を伺うルーシィ。
その表情は、グレイにとって“それは反則だろ!”的な表情以外の何でもなく。
「お…っ、おぉ。いつでも言えよ」
ドキドキを隠すように、慌ててヘルメットを被り顔を隠す。
そんな焦るグレイを知ってか知らずか。
ルーシィは顔を上げると『ありがとうっ!』と満面の笑顔をグレイへ向けた。
■意 味:一点の曇りもない鏡や静止している水のように、よこしまな心がなく明るく澄みきった心境を指す
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2010.11.22
バカップル万歳。…を書いてたつもりですが。
読み方によっては、グレイ→ルーシィ的な感じもしますな。
お互い少し特別に感じながらも告白前ってとこでしょうか。
バイクの後ろに乗せてもらうのが夢なのです。私の。←