お題<book> 1

□きらめきに誘われて
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足を1歩踏み入れると、さくっと軽い音が返ってくる。

積もったばかりの新雪はふわふわと軽くて柔らかく。

力を入れずとも、すんなりと雪の中へ足が埋もれる。

まだ若干怠さが残っている体に、いつもより少しだけ厚着をして。

グレイは一面白く染まった景色の中へと足を踏み出した。





※きらめきに誘われ





さくさくと鳴る音を楽しむかのように、グレイは足を進める。

吐く息は白く、頬を撫でて通り過ぎていく風は身を切られるように冷たいが。

今は何よりもあの部屋にはいたくなかった。



熱に浮かされたまま、彼女を抱き締め想いを告げた俺を。

ルーシィはどう思ったのだろうか。



―…答えなど、分かる訳がない。



彼女の気持ちを俺が考えても仕方がないと思うのに。

それでもやっぱり考えずにはいられなくて。

そんな事を考えていたら、じっとしていられなくなって。

グレイは病み上がりの体を抱えたまま、雪が積もる街を歩いていた。



寝込んでいた間に降った雪はそんなに大降りではなかったらしく。

今はもうすっかり雲も消え失せ、綺麗な星空が一面に広がっている。

雨や雪が降った後の星空は、空気中の塵や埃が地上へ落とされるおかげで視界を遮る余計な物がなくなり。

とても綺麗にその本来の美しさが見えるようになる。



本当の姿が美しいものならば。

隠されていては、勿体無いだろう。



だが、醜いものでしかない己の欲望など。

表に出るべきものではないのだ。



行く当てもなく、ただぼんやりと足元を見ながら歩き続ける。

時々人とすれ違う事もあったが、わざわざ顔を上げる事もしない。

何となく歩き続けたいだけのグレイには、それが誰であろうと関係がないからだ。

通りに面した家の窓から漏れてくる光を片側に感じながら。

グレイはただひたすら歩いた。

何も考えずに歩いて歩いて、ただ歩いて。



見覚えのある玄関に、ふと視線を止めた。



確認しなくても分かる。

ここはルーシィがいる場所。



周りの確認などせずただ下を向いて歩いていただけなのに。

辿り着いた先がルーシィの部屋だなんて。

確認しなくてもそれが分かってしまう自分が何だか可笑しくて笑えてくるが。

もう今更どんな自分が出てきても驚きはしない。



―…でも、今ルーシィと顔を合わせる訳にはいかない。



ルーシィの部屋の窓を確認する事もせず。

そのまま立ち去ろうと身を翻す。








「グレイ?ちょっと、本当にグレイなの!?」








上から突然声を掛けられて。

びくっ、と体を震わせ、グレイは足を止めた。

今一番聞きたくなかった声を聞いてしまい、ここへと向かった己の足を心の底から恨む。

早くこの場から逃げ出したいと思うのに、竦んでしまった足は全く動こうとしない。

立ち止まったまま動けずにいたグレイの背後から人の近寄る気配と共に、ばさり、と毛布が掛けられた。



「あんたは病人のくせに何雪の中出歩いてんのよっ!早く入りなさい!!」



手首を掴まれ、そのままぐいぐいと引っ張られ。

有無を言わさず、暖房の効いたとても暖かい室内へと引き込まれた。

その温もりに皮膚がぴりぴりと痛みを発し、自分の体がいかに冷え切っていたのかを思い知る。



「とりあえず何か暖かい飲み物作るから、大人しくここに座って!」



グレイを無理矢理ベッドに座らせると、そのままキッチンへと向かうルーシィ。

かちゃかちゃとカップが触れ合う音がしたかと思うと、少しだけ時間を置いて戻ってきた。

“ちょうどお茶しようとお湯沸かしてたから良かったわ”なんて言いながら渡されたカップを覗き込むと。

少しだけ白いお湯の中に、輪切りにされたレモンが2つ。



「ホットレモネードよ。本当は生姜湯の方がいいのかもしれないけど…」

“生憎、今日は生姜切らしてて。ごめんね”と軽く手を合わせるルーシィ。



グレイは大人しくそっとカップに口をつけてその液体をこくりと飲むと。

レモンのすっきりとした酸味と、ほんのりと甘い蜂蜜の味が口の中に広がった。



「…ありがとう、ルーシィ」



両手で暖かいカップを握り締め、その中のレモンを揺らしながらグレイがぽつりと呟く。

“どういたしまして!”と簡単に返ってきた言葉に安堵し。

そして、少しだけ笑った。



―…やっぱりルーシィには、敵わない。



こんな事をして貰える立場じゃないのに。

あんな事をしでかした俺なのに。

いつもと変わらない優しさをくれるルーシィ。

それがとても嬉しくて。

やっぱりとても大好きで。



それを堕とそうとしている、己の欲望がより汚らわしく感じて。



「―――レモネード、ごちそーさん」



半分ほど飲んだカップをテーブルへ置くと、かたんとイスから立ち上がった。

一瞬だけふらつくがそれを覚られないように必死で平気を装って。



グレイは、今はとにかく1秒でも早くこの部屋から逃げ出したかった。



ルーシィの視界に入る自分が許せないから。

ルーシィの世界を汚す自分が醜悪過ぎて反吐が出るから。



―…哀れだな。



振り向くこともせず立ち去ろうとするグレイを。

その腕を、突然、ぐいっと後から強い力で引き止められた。

反転した視界に映ったのは。



「勝手に自己完結しないでくれる!?」

顔を歪めて、悲しみの表情を浮かべたルーシィ。



―…どうしてルーシィが泣くのだろう。



ルーシィの泣き顔なんか見たくないのに。

ルーシィには、笑顔が一番似合うののに。



「ルーシィ…?」



逃げ出したい気持ちも忘れて、手を伸ばす。

ぷるぷると小刻みに体を震わすルーシィが、キッと顔を上げた。



「グレイのバカっ!」

「…ばっ…バカ?」

「そうよっ!」



ぽろぽろと涙を零しながら、ルーシィが叫ぶ。

その様子を不思議そうに見守るグレイ。

なぜルーシィが泣かなければならないのか。

グレイにはその理由が分からなかった。



「勝手な事ばかりっ!少しはこっちの気持ちも考えなさいよっ」

「ルーシィ…」

「考える時間をくれてもいいじゃない…っ!」



泣き続けるルーシィを前に、戸惑うことしかできないグレイ。

涙を拭いてやりたいと思うものの、やっぱり触れる事ができなくて。

かといって、何と言葉を掛けたらいいのかも分からずただ立ち尽くす。

戸惑う事しかできないグレイに、ルーシィは自ら涙を拭うとグレイを正面から見つめた。



「グレイの気持ちは、教えてもらったよ。でも、答えは、まだ出せない」



まるで結論を出せない自分を責めるかのように、ルーシィが呟く。

伝えてしまった事をひたすら悔やんでいただけの自分とは違う。

真っ直ぐ前を向いて、受け止めて、きちんと考えようとしてくれているルーシィ。

その姿に改めてルーシィの強さと潔さ感じながら。

自分から逃げずにいてくれる事が、グレイにとって、とても嬉しかった。



「ルーシィは気にしなくていい。俺の我が儘だから」



知らず、グレイの頬が緩む。

気持ちを告げた事に気付いた瞬間から背負っていたモノが、すとんと落ちた気がした。



「ごめんな」



そっとルーシィの頬に残る涙を指で拭う。

もうルーシィに触れる事を恐れたりしなくていい。

ルーシィは受け止めた上で、考えてくれている。

今はそれで十分だから。



たとえルーシィがどんな結論を出そうとも。

きっと受け止められる。

きっと、伝えて良かったと思えるから。



「ありがとう、ルーシィ」



部屋に来てから初めて見せたグレイの“いつもの”笑顔に。

ルーシィは大きく頷いて“うんっ”と答えた。

********************

2010.11.26

告白されたその日に結論は出ないッスよ…なんてひとりツッコミ。←

ひたすら自分を貶めるグレイが辛くなったので、少し上げ。

ウチのグレイの心は乙女です。(ぇ

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