お題<book> 1

□この熱は消えぬまま
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ぽつりぽつりと降り出した雨の中を。

グレイは濡れる事も厭わず、傘も差さずに歩き続ける。

まだ小雨とはいえ、身を包む気温はかなり低く。

その雨はいつ雪へと姿を変えても不思議はない。

それでもグレイは雨を避けようともせず、ゆっくりと歩きながら雨に打たれていた。



―――…馬鹿なことを、した。



過ぎてしまった時間も、口に出した言葉も。

一度現実になってしまえばもうどうしようもない事は重々承知しているのだけれど。

何度打ち消そうとしても一向に消えてくれない後悔する心を全て洗い流してくれればいいのに、と。

重く覆いかぶさった雲を見上げて、落ちてくる雨粒を受け続けた。





の熱は消えぬまま※





「けほっ。けほけほっ。あ゙〜〜〜…」

雨に打たれて濡れたまま寝入ってしまった次の日の朝。

いつも通りに起きて着替えようと立ち上がったグレイを、強烈な眩暈と頭痛が襲った。

歩こうにも足に力が入らず、ぼすんと再びベッドに落ちて、自分の体の変調を思い知る。



「風邪引いたか〜…?」



いくら雪の中でも裸で修行してきたとはいえ。

やっぱり生身の人間である事には間違いないのだから。

この冬の寒空の下、雨に打たれて冷えた体のまま一晩寝てしまえば風邪引いても当然だ。



布団の中に入る気力もなく、その上でごろんと寝返りを打つ。

重い腕を持ち上げて額に触れるとかなり熱い気がする。

強烈に頭が痛いのは、多分高熱があるせいだろう。

早く何かで冷やして熱を下げた方がいいとは思う、が。

頭を冷やすための道具を取りに行く事すら億劫で動きたくない。

いや、動けないと言った方が正解か。



「あ〜〜…やべぇ………」



けほけほっ、と断続的に出続ける咳に呼吸を奪われ、息苦しさを感じながらも。

静かにゆっくり瞼を下ろすと、外から聞こえる雨音を聞きながら眠りに落ちた。







ひんやりとしたものが額に触れて。

軽く意識を失っていたグレイは、その冷たさに目を覚ます。

瞼を上げようとしたが、重くて持ち上がらない。

何とか腕だけ動かしてそのひんやりとしたものを感覚だけで確認すると。

どうやら、濡れたタオルか何かのようだ。

物体の正体が分かってホッとしたと同時に、がんがんと鳴り響いていた頭痛が少しだけ軽くなる。

そして痛みで知らず力を入れていたらしい肩から緊張が抜けて、一気に倦怠感が全身を襲った。



―…どれぐらい時間が経ったのだろうか。



自分がベッドへ倒れこんだ時間なら、大体の予測ができる。

今の時間を確認しようと時計の置いてある場所へ首を向けようとした時。



「あ、起きた?まだ寝てなきゃダメよ!」



ここにいるはずが無い人物の声が聞こえた。

先日の一件以来、彼女がギルドにいる時は顔を出さないようにしていたし。

彼女の部屋へ仲間と押しかける事もしなかった、のに。



「びっくりしたわよ〜、熱あるし息苦しそうだし、なのに布団の上で寝てるしっ」



ひとりであんたを布団の中へ入れるの骨が折れたんだからねっ!と腰に手を当てて見下ろしてくるルーシィ。

そっとタオルを取ると、氷水に浸けて冷やし、固く絞ってまた額に乗せてくれている。

その表情は、不安そうな、心底心配そうな顔そのもの。



―…あぁ、きっとこれは高熱が見せる夢なのだ。



こんな都合のいい事、ある訳がない。

ルーシィがひとりで俺の部屋に来ていて。

俺の頬と首にそっと手を当て、熱を確認してくれている、なんて。



先日、思わず本音を洩らした俺に。

敏いルーシィは、絶対に気付いていた。

ソレをお互い“承知の上”で、誤魔化した。

だからこそ。

彼女がこの部屋に訪れてくる事なんて、絶対に有り得ないのだ。



―…熱に浮かされて見る夢、か。

“ある意味、本音なのかもしれないな…”なんて、自嘲気味に笑う。



「どうしたの?辛い?」



突然笑った俺を、ベッドに腰掛けたルーシィが不思議そうに見下ろす。

その姿は、夢なのにとてもリアルで。

抑え込もうとしていた想いを、心を、強く揺り動かした。



―…これは夢。なら、本当の想いを告げても、いいよな…?



頬に当てられていたルーシィの手を取り。

そのまま口へと引き寄せ、そっとキスを落とす。

ぴくりと小さくその体が揺れたが、拒否される事は、ない。



―…やっぱり夢だから。自分の妄想が勝つんだな。



浅ましい己の欲望を思い知りながらも、あえて暴走を止めようとしない。

だって、これは夢なのだから。

現実では叶わない願いを、高熱に浮かされた俺が見ている独りよがりの夢なのだから。



―…夢の中でぐらい、素直に想いをぶつけても構わないだろ…?



2度3度とキスを落とした手を握り、そのまま強く引き寄せる。

抵抗とらしい抵抗もなく、すんなりと胸の中に飛び込んできたルーシィの頭をぎゅっと抱き締め。

そのサラサラとして手触りのいい髪の毛に指を絡める。

目の前に現れたルーシィの耳にそっと唇を寄せ。



「好きだ…。ルーシィの事が、誰よりも、好き…だ……」



力を振り絞り、それだけ告げるとまた暗闇の中へ意識が沈んでいった。







「あ〜〜〜…、あったま痛ぇ………」



がんがんと五月蝿く鳴り響く頭痛を鬱陶しく思いながら、それでも何とか体を起こす。

窓の外を見ると、もうすでに深夜と呼べる時間帯になったようだ。

一度目を覚ました時は朝方だったのだから、かなり長い間眠っていた事になる。



「一日中寝てたのか…。どうりで体がギシギシする訳だ………」



ほぐす様に肩を回すとコキコキと音が鳴った。

いかに長い時間、硬直していたのかが良く分かる。

久しぶりに風邪を引いたが、思ったより早く回復したようだ。

自分の手を額に当ててみるが、特別熱があるようには感じない。

あれだけ高熱があったみたいなのに頑丈になったもんだな。と考えて。



ふと、高熱に浮かされていた間に見た幸せな夢を、思い出した。



ルーシィに看病してもらうなんて。

あまつさえ、抱き締めて想いを告白したなんて。



―…随分と幸せな夢を見たもんだ。



くくくっ、と少しだけ笑うと、すぐに笑みを消す。

身勝手で我が儘で醜く足掻き続ける自分の心が。

あまりにもみっともなくて。

あまりにも、哀しくて。



「…何か喰うか…」



沈もうとする気持ちを払拭する為、キッチンで何か消化の良いものを作ろうとベッドから足を下ろす。

すると、何か白いものがベッドからぱさりと床に落ちた。

何気なくソレを手に取り、持ち上げると。

その正体は、ほんの僅かに湿気を帯びた白いタオル。

そして、そのまま視線を動かしベッドの近くを確認すると。

水の張られた洗面器が、ひとつ。



タオルの感じからすると、かなり前に濡らしたのだろうが。

それでも、俺が準備した覚えはない。



心当たりがあるとすれば、それは。



「まさか…」



“キッチンに置いとくから、食べれるようになったら食べなさいね”



そう告げられた事を思い出し、慌ててキッチンへと飛び込む。

そこに置かれていたのは、少しでも食べ易いようにと紫蘇の葉が混ぜ込まれた、作り手の気遣いが感じられるような、おかゆ。



「嘘だろ………?」



夢に現れた彼女が。

まさか。現実だったなんて。



力の抜けた体が、どん、と壁へとぶつかり。

そのままズルズルとずり落ち、床へぺたんと座り込んだ。



彼女にした行為も。

彼女に告げた言葉も。

全て現実なのだとしたら。



「あ〜〜〜〜……」



何かがこみ上げてくる目頭を手で押さえて。

グレイは力なく、ただ壁へともたれ掛かる事しかできなかった。

********************

2010.11.25

グレイ暴走。

それでこそ男だ、グレイっ!(ぇ

最後の涙は後悔とか歓喜とか色んなものがぐちゃぐちゃになってる感じで。

病人のグレイに更に追い討ち。頑張れグレイ。

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