お題<book> 1

□ため息まで白い
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変わらない関係。変わらない日常。

穏やかな湖面のように、何もない毎日。

その静寂が許せなくて。

安穏とした日々が納得できなくて。

思わずその水面に、波紋を起こした。



驚いて飛び去った、一羽の鳥。



あの逃げた鳥は。

一体、どっちだったのだろうか。





※ため息ま白い※





大勢のメンバーが騒ぐ、いつも通りのギルドの風景。

そして、その中にいるたったひとりを、いつでもすぐ見つけられるグレイ。

意図している訳ではないのに一番に見つけてしまう。



「よぉ、何してんだ?」



いつもより隅のテーブルに座っていたルーシィに声を掛けて。

ひとりだけで座るその向かいに、当然のように腰を下ろした。



「好きな作家さんの新刊が出てたの!」



“今、ちょうど面白いところでね!”なんて、嬉しそうな笑顔をグレイへと向けるルーシィ。

その笑顔に一気に心拍数が上がる自分を知り。

グレイは“どんだけやられてんだよ”、なんてひとり心の中で突っ込む。

とはいえ、そのことをルーシィに悟られないように隠す事は完璧なのだが。



「へー。面白いのか?ソレ」

「うん!私、この作家さん大好きでねっ」



必死に力説するルーシィをやっぱり可愛いなぁ、なんて思いながら。

グレイは“へぇ、どれどれ?”なんて、本を覗き込むフリをしてさりげなく近寄る。

当然、ルーシィに警戒の色はなく、あっさりと接近を許された。

テーブルの上に本を置き、その一部を指で指し示すルーシィ。

1冊の本を2人で向かい合って覗き込めば、自然とテーブルの上に身を乗り出す形となり。

ルーシィのその豊満な胸が、より強調される形に、なる。



―…う、わ。やべぇ…。



思わず直視してしまったソレから慌てて視線を外すと、ルーシィの指先へと視線を向ける。

男としての性は自分ではどうしようもないものだとしても、今は表に出てきてもらっては困るのだ。

気を逸らす為にも、必死で本へと意識を向けようとするが。

あまり効果はないようだ。



グレイは、ルーシィに気付かれないように、そっと視線だけ上げる。

その視界の隅に辛うじて入り込むルーシィの顔。

グレイは髪、耳、目、鼻、唇…と、目だけを動かし、そのパーツ1つ1つを確認するかのように見続ける。

下へ行けば上へ。上へ行けば下へ。



「ここのところがね…」



指差しながら説明してくれているルーシィの言葉をどこか遠いところでで聞きながら。

“そうなのか”、“ふーん”などと上の空で適当に相槌を打つ。

グレイの視線は、そのまま本を指し示す為に差し出された指先へ。

ピンク色の綺麗な爪。

きちんと整えられて丸みを帯びたその形。

とても些細な事だと分かっているのに。

ルーシィの全てに、惹かれてしまう。



一歩間違えば、妄執にとりつかれた犯罪者のような想い。



それでもグレイは、自分の想いを否定する事はない。

どんなに強い想いだろうと。

自分自身を完璧に自制できる自信があった。



ルーシィへの想いが自分の思考を超える事はないと、信じていたから。



でも、だからこそ故に。

その想いと自我の間で絶えず揺れ続け、せめぎ合い。

常にグレイに苦悩をもたらしていた。



“言ってしまえ!”



耳元でそう囁くのは、誰の声か。

グレイは自分にしか聞こえないその声を許容しながらも。

その言葉には、拒否を示し続ける。



“君が好き”、なんて。



幾度となくその言葉を噛み殺し、飲み下してきた。

数限りなく砕いてきた彼女への告白。

ともすれば口から飛び出してしまいそうになるその言葉を。

何度も何度も何度も何度も殺し消し有耶無耶にしてきたグレイ。



はっきりした形など、求めていない。

“今”があるならばそれでいい。



偽善者だと言われてもいい。



“今”を消せない。

壊せないから。



“言えよ。言ってしまえ。簡単だろう?”



―…言える訳がない。

ルーシィに受け入れられなかった時、ソレを受け止める勇気は、ない。

結局は臆病で怯えているだけなんだ。



「ちょっと、聞いてるの?グレイ?」



本から顔を上げたルーシィの視線とグレイの視線がバチッと合う。

予期せず以外な至近距離で顔を付き合わせた2人。

ずっと考え事をしていて思考回路が停止していたグレイは固まり。

一転、揚々と大好きな本の事を語ってフル回転していたルーシィは。



「え…っ、と、あ…」



合ってしまった視線をいきなり離すのも失礼な気がして。

思い切り顔を背ける事もできず、でも視線が合ったままなのは恥ずかしくて右へ左へと視線だけを忙しなく動かす。

ただでさえ人より大きめでくりくりとしたその目が、驚きで一層大きくなっていて。

その中で動く琥珀の瞳は、とても綺麗で。



「…好きだ」



意図せず、グレイの口から言葉が漏れた。




「………え?」



途端に固まったルーシィ。

その表情は、“驚愕”以外の何でもなく。

そして、その瞳は完全なる“無色”を滲ませる。

いつもと同じ位置にいるのに、まるで“見知らぬ人”を見るかのようなその姿に。

グレイは一瞬にして自分の浅はかさを思い知る。



「そこのくだり、だよ」



ルーシィが広げていたページを指でトントンと指す。




「あ…っ、そ、そうかっ。ここねっ。いいよね、この表現!」



一気にパッと明るくなったルーシィの表情に合わせて、グレイも笑う。



「あ?何だ?もしかして、自分が告白されたとでも思ったか?」

「ちっ、違うわよっ!何をバカ言って…っ!」

「おや?その割には顔赤いですが?実は期待したんじゃねーの?」

「そ、そんなの、ある訳ないでしょ!グレイとなんて考えた事ないしっ!!」

「おーおー、言ってくれるねぇ」



少し機嫌を損ねたような様子のルーシィに、グレイはワザと軽口をたたき続ける。

そんな事でもしていないと、自分の中で暴れ回る感情が溢れ出してしまいそうだった。



―…言うべきではないと判っていたのに。



咄嗟に違う事だと誤魔化して。

それでもほんの僅かな期待をまだ抱いたまま“告白されたらどうだった?”って。

それすらも完全否定されて。

自分がした事を今更後悔しても遅いけれど。



くすくすと笑うグレイに。



「もうっ、勝手に笑ってなさいっ!」

ルーシィはぷんっ、とむくれると席を立った。

グレイはあえて引き止める事もなく、笑い続ける。



笑っているのは、ルーシィの事ではなく自分の事なんだけれど。

あえてソレをルーシィに伝える必要はないのだから。



あまりにも独りよがりな想いと。

あまりにも惨めな自分。



何かが溢れ出そうとする目元を押さえて顔を上げる。



「あーーー……」



傾けたイスが、ギイッと軋んだ音を立てるのを。

グレイはただぼんやりと聞いていた。

********************

2010.11.21

…何だかグレイがヤバい人みたいになってきた気が。

このままいけば完璧なス○ーカー。←

これでいいのか!?グレイ!!

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