お題<book> 1
□初雪が降るまでに
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頬を撫でる風が、かなり冷たい。
思わずふるりと身震いをして、身を竦める。
―…もうすぐ雪が降るのだろうか。
いかにも、今すぐにでも泣き出しそうな雲が、見上げた空をすっぽりと覆い隠していて。
まるで何かに追い立てられるかのように足を急かす。
この切れるような空気の中にひとりでいると。
特別、意味などないのに、なぜだか心がざわつき始めて。
居心地悪く。そして、妙に落ち着かない。
こんな気持ちを払拭してくれるのは、きっと。
優しくて温かい君の笑顔だけ。
例え私だけに向けられたものじゃなくても。
傍にいられるだけで、きっと幸せな気持ちになれるから。
1分でも早く、君の元へ。
1秒でも長く、君の傍で。
※初雪が降るまでに※
「よぉ、ルーシィ。仕事行こうぜ!」
「イヤよっ。何でこんな寒い日に出掛けなきゃいけないのよ!」
「寒くねぇって」
「人をあんたみたいな化け物と一緒にしないで!」
「ルーシィは軟弱なのです。あい」
相変わらずぎゃーぎゃーと騒がしい一角。
ナツとルーシィ(+ハッピー)は常に一緒。
仕事に行く時も、行かない時も。
いつも、一緒。
仲が良いな、と思う反面。
―…吐き気がするほどに、イラつく。
なぜルーシィを連れてきたのがナツだからって。
なぜ最初に仕事したのがナツだからって。
どうして、いつもいつも。
ルーシィの周りには、桜色が纏わり付くのか。
まるで“自分のもの”だと言わんばかり。
ルーシィへ視線を向けると、必ず飛び込んでくる桜色。
胸がチリッと焦がれるのはその色のせいか。
知らず、固く握り締めていた拳を解く。
掌にくっきりと残る、爪の跡。
そんな自分がみっともなくて。
密かにひとり嗤い、煙草を銜える。
肺に充満する煙の匂い。
すでに中毒と化した、ニコチンの心地よい陶酔感。
脳を揺さぶるその浮遊感は。
まるで、彼女を見つめている時のソレに似ている。
「あーーーー…」
自分の視線がルーシィにしか向いてない事に気付いて。
頭をがしがしと掻いてテーブルに突っ伏す。
“打ち明けてしまえ”
幾度となく思った。が。
『仲間』という立場を失うのが怖くて。
ヌルい関係に甘えている自分。
一体、いつからこんな臆病になったのだろう。
家族をデリオラに殺されて。
復讐を誓って。
ウルに弟子入りして、キツい修行を受けて。
あの頃は、“もう失うものは何もない”と思っていた。
だから、無茶だと思える事でも何でもできた。
それなのに。
今は、たった一人の存在が怖い。
「…ふっ」
随分と弱虫になった自分に気付いて。
思わず、自虐めいた笑いが漏れる。
こんな俺の姿を見たら。
師匠はどんな顔するのだろうか。
“人間らしくなったじゃないか、グレイ”
そう言って、笑われそうな気がする。
仲間ができて。
大切な人ができて。
それと同時に、強くもなったが。
とても臆病にも、なってしまった。
たった一言。
「好きだ」と言えない、自分。
ほんの3文字なのに。
とてつもなく重い言葉。
「あれ。グレイもう帰るの?」
立ち去る俺の背後から、聞こえてきたルーシィの声。
一瞬、心臓が跳ねるのを感じながらも。
“あぁ”と背を向けたまま、手だけで答える。
“また明日ね〜”なんて当たり前のように向けられる言葉が嬉しいのに。
振り向くことさえ、できない。
ギルドの外へ出ると。
あまりの寒さからか町中を歩いている人影もまばらで。
みな、一様に足早に去っていく。
空を見上げると、相変わらずどんよりと重い雲が覆っていて。
雪が降る季節が近い事を思い知る。
そしてその雲は。
燻った想いを抱え込んでいる自分のようだと、思う。
伝えたい。
ルーシィを好きだという事を。
とても大切に想っているという事を。
―…初雪が降るまでには。
伝えられるだろうか。
この想いを。
ルーシィへ。
初雪が降るまで、あと少し。
吐き出した息が白くぼんやりと虚空に消えていくのを。
ただじっと、見つめていた。
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2010.11.19
ルーシィ溺愛のグレイ。
どうしてもお題と違和感があったので、一度upしたものを加筆修正。
冬という雰囲気に合わせて、グレイが黒くなってます。(笑)
前のとあまり変わらない…?;;