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□Who knows most, speaks least.
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どうして、と思ったらイラッとした。
「ルーシィに色気?」
笑われた事が、納得いかなくて。
あんたが鈍感なだけよ、と怒鳴り返した。
別に、どうでもいいと思ったのに。
「今に見てなさい!」
そんな宣言までして。
私は、…何が悔しかったのだろうか。
□Who knows most, speaks least.
<最も知るものが最も語らない>
「あーもう、ムカツク!」
熱いシャワーを頭から浴びて、もやもやを吹き飛ばそうと試みる。
だが、なんて事ないナツのあの一言が頭から離れなくて。
「髪が痛んだらナツのせいなんだから!」
八つ当たりをしながら髪を洗って。
癒しのバスタイムでもイライラが消えない事に、更に苛立ちを覚えた。
――あんな、たった一言で。
「…どうしてなのかなぁ…」
きゅ、と唇を噛み締め、バスタオルを体に巻く。
ナツにそう言われたからって、気にする必要なんかないのに。
笑われたから?
―…それだけじゃない気が、する。
力なくバスルームのドアを開け、部屋へと戻る。
誰もいない、がらりとした空間。
今ここにあいつがいたら、きっと見返してやれるのになんて。
そんな事を考える自分が何だか馬鹿馬鹿しくて、思わずくすくすと笑った。
「…何をイライラしてるんだか」
相手は“あの”ナツなのだ。
女としての魅力なんて、感じなくても当然じゃないか。
「そうよ。ナツが分かるわけないじゃない」
ナツに“色気がない”って言われたって。
“女としての魅力?”なんて、笑われたって。
「ナツの、…バーカ……」
「――誰がバカだって?」
「!?」
背後から聞こえた予想外の主の声に弾かれるように振り向いて。
バスルーム横の壁に背中を預けたナツの姿に目を見開く。
いつからいたのか。
いや、いればいいのにとか確かに多少は考えたけど。
「あ、ああああんたいつからそこに…!」
「んぁ?ルーシィが風呂入ってる時から」
「入ってる時からって、…っていうか、出てけー!」
「ぉわっ」
手近なところにあったクッションを思い切り投げつけ、しゃがみ込む。
いくら色気がないと思われていても、やっぱりナツは男であって。
バスタオル1枚なんて姿を晒すような相手じゃ、ない。
「さっさと出て行きなさいよ…っ」
恥ずかしさなのか、悔しさなのか。
半ばパニックで叫びながら、じわりと目尻に涙が浮かぶ。
どうせ意識をしているのはこっちだけなのだ。
こんな姿を見たところで、きっとナツは何とも感じない。
「どうしたんだよ、ルーシィ。何泣いてんだ?」
「泣いてない!いいから帰って!」
「帰れる訳ねぇだろー?」
近付いてくる気配に体を固めて。
だが、胸の前で必死に組んでいた腕を、手首を、ナツに掴まれた。
「…きゃっ!」
「嘘つき。泣いてるじゃねーか」
ぐい、と引っ張り上げられその眼下に晒された体。
(とはいえ、バスタオルで隠されてはいるけど)
――やっぱり、ナツの表情は変わらない。
「バカナツ!」
「バッ、…んだよ、それ」
「分からないからバカだって言ってるの!」
「連呼すんなっ」
聞きたくなくて見たくなくて思い知りたくなくて。
頭を振って聞こえないフリを決め込む。
もうどうでもいい。
今はとにかく、早くナツの姿が見えなくなって欲しいと願って。
「いいから、帰って!」
ぶん、とひときわ大きく頭を振った時だった。
ぱさり、と。
小さな音と共に落ちた、バスタオル。
「あ」
「ぇ」
一瞬の沈黙の後。
「きゃぁぁぁ!」
「どわぁぁぁぁあ!」
何故か同時に叫んだナツ。
飛び退いて、後を向いて、腕で頭を覆い隠して。
「は、早く服着ろって!」
その腕の陰からちらりと見える耳は、遠目でも分かるぐらいに真っ赤に染まって。
「―…ぷっ。くすくすくす」
「なっ、なんだよっ!」
「別にー。なんでもないっ」
急ぎバスタオルで体を覆い、服を着るために隣の部屋へと足を進める。
ちらりと肩越しに振り返った先にも、やっぱりしゃがみ込んだままのナツがいて。
「…なぁんだ。そっか」
どこかホッとすると同時に、笑みが洩れる。
別に否定された訳ではなかったんだろう。
色気がない、という表現にはいささか腹が立つけれど。
「ばーか」
でも、泣いているからと心配してくれたあの姿は、きっと本当。
ナツなりの優しさと、想い。
「いつかきっと言わせてみせるんだからねっ」
びしっと指先を向けながら、そう心に誓って。
「えいっ」
横にあった置時計を、ナツの背中向けて投げつけた。
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2012.07.04
遅くなってごめんナツの日&フライングナツルーの日記念。