リクエスト<book>

□叶わないなんて、言わないで
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いつから、なんて分からない。

でも、ふと気が付けばいつも貴方の後ろ姿を追っていて。



「どうした?」

「う、ううん。何でもないっ」



そんなやりとりを繰り返すのが当たり前になった頃。

ようやく、――自分の気持ちに、気付いた。





□叶わないなんて、言わないで





「グレイが、怪我した…?」



今日はいないんだな、なんていつも通りにギルドでぼんやりしていた私の耳に届いた言葉。

驚きのあまり“仲間として”反応する事も忘れ、思わずエルザに歩み寄った。



「それで、グレイは!?」

「あぁ、家で休めば大丈夫だと言っていたが…」



やや呆れたような表情を浮かべたエルザの様子で、どんなやり取りがあったのかを察する。

どうせ、いつも通りの無頓着…いや、強がりなのだろう。

どれだけ痛くても辛くても、弱音を吐こうとはしないグレイ。

男だから、と言われてしまえばそれまでかもしれないが、周りがどんな思いをしているのか少しぐらいは気付いて欲しい。



「家にいるのね?分かった!」

「ルーシィ?」



少しだけ不思議そうな顔をしたエルザを横目に、踵を返して外へと飛び出す。

後から考えれば、少し不自然で軽率な行動だったかもしれない。

でもその時は、そんな事なんて考えている余裕もなくて。



どんな怪我を負っているのだろうと、そんな無意味な事ばかりぐるぐる考えながら人混みを抜け。

ようやくグレイの部屋に辿り着いた時には、完全に息が上がっていた。



「はっ、はぁっ、…ふぅー…」



ドアの前に立ち、深呼吸を繰り返して必死に呼吸を整える。

息も絶え絶えで訪れたら、慌てて来た事がバレてしまうから。

気付いて欲しいとは思っているけど。

みっともない姿を晒して悟られてしまうのは、…望む事ではない。



「グレ、イ…?」



そっと、軽くノックを3つ。

少し待ってもシン、と静かなままのドアの向こうに首を傾げて。

もしかしたら、叩いた力が弱かったのかもしれないと更に3つ。

それでもやっぱり何も聞こえてこない事に、思わず眉を寄せた。



「どうしよう…」



室内から何も返ってこない事だけは間違いなさそうで、手を握りしめたまま立ち尽くす。

考えられる可能性としては、3つある。

実はどこかへ治療へ行っていて、まだ帰宅していないか。

部屋にはいるが、深く眠っていてノックが聞こえないのか。

もしくは、…ノックに応えられない程、怪我が酷いのか。



「グレイ、グレイっ」



どんどん、と激しくドアを打ち鳴らして叫ぶ。

“もし、グレイが部屋で倒れていたら。”

――こんな時は、何故か嫌なシーンしか脳裏に浮かばない。



「グレ、―…え?」



しばらくドアを叩き続け、何気なくドアが軽く揺れる事に気付きノブを掴む。

まさかね、と浮かんだ可能性に賭け、ゆっくり手を回せばキィと音を立てながらあっさり開いたドア。

鍵の掛かっていないドアの前で必死になっていた自分が、ちょっとだけ恥ずかしいと思いながらも最優先なのはそこではなく。



「グレイ!!」



勢い良く飛び込んだ部屋の中。

電気もついておらず、人の気配もしない室内に留守だったんだと思わずため息を落とした。



ぐるりと見回しても、帰宅したような気配はない。

となれば、まだ帰ってきてないのだろう。



「どこ行ったんだろう…」



グレイの行き先なんて、見当もつかない。

でも、どんな怪我を負っているのか、不安で、心配で、…悲しくて。

こんな時、グレイにとって私が特別な存在だったらいいのにと、願う。

何かあった時、グレイが一番に会いに来てくれるような。

――そんな相手に、なれたらいいのに。



「…ここにいても、仕方ないよね…」



グレイの姿はないという事実に、足下を見つめて背中を向ける。

わき目もふらず駆け抜けるなんて、みっともない姿まで晒して。

グレイの様子を確かめるどころか情けない事を考えている自分を改めて痛感しただけ。



「何やってんだろ、私」



じわりと涙が浮かんできた目尻を、乱暴にごしごしと手の甲で擦る。

こんな時に後悔するぐらいなら、早く打ち明けてしまえば良かったのだ。

グレイが、好きなんだと。



「あーぁ…」



とぼとぼと力無く歩き続け、ようやく見慣れたドアの前に立ち鍵を取り出す。

今日はもうお風呂に入って寝てしまおう。

明日、きっとグレイはギルドに来るだろうから、その時に確かめればいい。

そう思って。



「…あれ?」



鍵を回して、あまりに軽いその手応えに首を傾げる。

今朝、鍵はしっかり掛けた。それは間違いない。

となれば、また誰かが勝手知ったりと不法侵入しているのだ。



一体誰が?



「――…っ!」



思い当たった可能性にドアを一気に開けて、部屋の中へと飛び込む。

無断で入り込んでいた主は、すぐに見つかって。

ソファでだらりと横になっている姿に、どきりと心臓がひとつ、飛び跳ねた。



「グ、レイ…?」



深く瞼を下ろしている横顔に、そっと呼びかける。

だが、グレイの目が開けられる事はなく。

静かに上下を繰り返しているグレイの胸に、どうやら眠っているんだと安堵し、ふーっと息を吐き出した。



「もうっ、勝手に入らないでよね」



聞こえないと知りながらも、恒例となっているそんな台詞を口にして。

足音を立てないようにそっと近付き、グレイの体を確認する。

右腕に真新しい包帯が巻かれているが、それ以外には目立った怪我はないらしい。

想像の中で怪我だらけだったグレイの姿が掻き消えて、ようやく力の抜けた体がぺたりと床へ座り込んだ。



「…良かったぁー…」



ぽすんと頭をソファの隙間に預け、顔のすぐ近くにあるグレイの体を見上げる。

やっぱり、というか当然、グレイは上半身裸で。

いつでもどこでも脱ぐこの癖だけはどうにかした方がいいんじゃないかと思いながら、目に飛び込んできた胸の紋章にぞくりと衝動がわき起こった。



――今ならば、グレイに気付かれない。



「まだ、起きないでね…」



ゆっくり体を起こし、下ろしたままの髪を左手でまとめて掴み顔を寄せる。

起きないように、気付かれないように、そっと静かに。

息がかからないように呼吸も止めて。



「グレイ…」



触れてみたいと思っていた、グレイの肌。

初めて唇で触れた紋章は、当然なんだけれどとても温かくて、優しくて。

まだ起きる気配のないグレイに、その寝顔を見つめながら、今度は額へ移動する。

“貫禄があっていいだろ”なんて笑っていたソレ。



「好き。好きなの。…グレイの事が…」



起きている時には決して口にできない告白を、小さく囁いて。

鮮やかな跡を残したグレイの額の傷痕に、そっとキスを落とした。

********************

2011.11.07

銀様リクエスト。

ルーシィ→グレイで紋章と額の傷にキス、というリクエストを頂きましたが。

何とかぎりぎりでクリア…?

途中、ルーシィの語りばかりになってしまって申し訳ない。(汗)

ちょっと甘さが足りないので、おまけをつけたいと思いつつ。

おまけはまた後日。


銀様、こんな感じで良かったでしょうか?

リクエストして下さり、ありがとうございました!
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