恋する動詞111題<book>
□待つ
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1分、2分。
ゆっくりと、でも確実に進んでいく長針を見上げ体を揺らす。
いつもなら、先に待ち合わせ場所で待っているのは彼女で。
遅れて現れた俺に“遅い!”と呆れながらも何故か少し笑いながら溜め息ひとつで許してくれるけど。
今日はルーシィを驚かせてやれ、と。
単純にそんな事を考えて待ち合わせより15分早く待ち合わせ場所へ着いた。
先にいる俺を見つけた瞬間、どんな表情を浮かべるのだろうか。
そんな事を考えながら、あと1分まで迫った約束の時間にようやく時計から視線を外した。
15.待つ
緩んだマフラーを巻き直し、ぼすりと顎を埋める。
ただぼんやりと時計を見上げるだけの時間。
ゆっくりと時を刻む長針を睨めつけてみたりして。
「まだ来ねぇ」
暇を持て余し、足元に転がっていた石を蹴飛ばす。
待ち合わせに指定した時間はもう15分も前。
几帳面なルーシィが遅刻するなんて有りえないと思っていたけれど。
今日に限って寝坊したとか、そんなところなのだろうか。
「早く来るんじゃなかったな」
いつもならば、今頃ようやく到着するぐらいなの時間。
今日は珍しく早く来たというのに、肝心のルーシィが遅刻ではせっかくの努力が水の泡。
ルーシィの奴、と少しだけムッとしながら改めて周囲を見回してもその姿はなく。
きっともうすぐ来るのだろう、と思ってはみても気は紛れない。
「昼飯はルーシィの奢りだな!腹いっぱい食ってやる!」
そんな事を叫びながら拳を振り上げ、ついと再び時計へと視線を向ける。
気が付けば、待ち合わせの時間からすでに30分経過。
寝坊したとか、着替えに時間がかかっているとか、そういう事を除いてもいくら何でも遅すぎるような気がして。
「…何やってんだ、あいつ」
人に迷惑をかける事を何よりも嫌うルーシィ。
その彼女が約束した時間を自ら破るような事をするだろうか。
答えは、――“否”。
そう考えた瞬間、苛立ちに支配されていた胸の中にざわりと嫌なものが湧き上がった。
もしかしたら。
向かう途中で何かに巻き込まれたのではないだろうか――。
「…くそっ!」
ザッ、と踵を翻し、ルーシィが通ってくるであろう道へと駆け出す。
騒ぎが起きてないか。
叫び声が聞こえないか。
必死に道の左右を見渡し、聞き耳を立てて。
唇を噛みしめながら、どうか無事でいてくれと願い走り続ける。
待ち合わせの時間に現れなかった事を、どうしてもっと早く疑問に思わなかったのか。
何を奢らせようか、なんて暢気に考えていた自分に腹が立つ。
「どこだ、ルーシィっ」
怪訝そうな表情を向ける通行人などお構いなしに、その隙間を半ば無理やり通り抜ける。
陽気につられ街中に溢れた人々に小さく舌打ちをしながら走り続け。
やがて視線の先に見慣れた部屋が現れた事に、ぎりっと強く歯を噛みしめる。
気付かずいつの間にか通り過ぎてしまったのだろうか。
「くそっ、どこにいるんだよ!ルーシィ!!」
焦りと悔しさと色々な感情が綯い交ぜになったまま思わず叫ぶ。
とにかくもう1度待ち合わせの場所まで探しながら戻るしかない、と体を返して。
「…あたしはここにいるけど?」
「んぁ!?」
突然聞こえた声に慌てて足を止め、肩越しに後を振り返れば。
きょとんと不思議そうな表情を浮かべたルーシィがそこに。
「おま…っ、何でこんなところにいるんだよ!」
「何でって。もうすぐ待ち合わせの時間だから向かおうとしてるんじゃない」
「………ぁ?」
「あんたこそ、何でこんなところにいるのよ」
「何でって。お前が待ち合わせ場所に来なかった、…あれ?」
「約束の時間はまだ20分も先でしょー?いる訳ないじゃない」
呆れたようにため息をついたルーシィに、慌てて時計を探せば。
短針が今まさに、待ち合わせの時間を示そうとカチリ動いたところ。
「――あ。あぁぁぁぁぁぁ!」
「な、なによ。突然大きな声出したりして」
「何でもねぇよっ」
「ふぅん?」
たいして興味もなさそうに、すぐにふいと視線を先へ向けてしまったルーシィ。
あまりの居たたまれなさにしゃがみ込んでしまった俺の事など一切に帰する様子もなく。
『早くご飯食べに行こうよー』なんて、動こうとしない俺に少しだけ不満顔。
こっちは不安でバクバクと嫌な音を立てた心臓が、まだ落ち着いていないというのに。
「ナツー!」
「わーったよ!」
ぐちゃぐちゃになったまま、でもここでひとり置き去りになるのだけは勘弁で。
もう先へと進み始めたルーシィの背中を追いかける。
ひとりで行くな、とか、こっちの気も知らないで、とか。
そんな取り留めの無い事を頭の中で考えながら駆け寄って。
ようやく並んだ肩越し。
ふと、覗き込んだルーシィの横顔が“いつも”と違う事に気付いた。
遅れて現れた俺に笑顔を向けてくれるルーシィ。
でも、その笑みに何かが引っ掛かっていて。
怒っている訳じゃないから大丈夫だと、聞く事は疎か、その違和感すら無理矢理押し込めてきたけれど。
今、初めて知る。
待っている間の、押し潰されてしまいそうなほどの不安と。
姿が見えた時の、心の底から“良かった”と思える安堵感。
待ち合わせ時間を過ぎようやく現れた俺を少し笑って迎えてくれたルーシィは、
いつもこんな思いをしながら出迎えてくれていたんだ。
「今日のご飯はあんたの奢りねー」
「なん…っ、いぁ、…まぁいいや」
「は!?あんたが素直にお金出すなんて、…まさかまた何かやらかしたんじゃないでしょうね?」
「ちげーよ!んだよそれっ」
「あやしい。何を隠してるのよ。白状しなさい!」
「何もねぇって!!」
「ちょっと、待ちなさいよ!ナツ!」
殴られるのだけは勘弁と、振り上げられた拳から逃げるように駆け出す。
もう2度とルーシィに曇った笑顔はさせないと、心に誓って。
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2014.05.01
ナツ→→←ルーシィ。
考え事って悪い方へ転がりやすいよね。