恋する動詞111題<book>

□絆される
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間が悪かっただけなんだ。



「ロ、キ?」



まさか、彼女がそのタイミングでそんな事してるなんて。

まったくもって、微塵も思ってなかったんだ。―…だから。



「ねー、中に入れてー」

「そこで反省しなさい!」

「寒いってばー」



ドアの外に追いやられ、鍵をかけられて。

“このチカン!”なんて酷い称号と張り手付きで。

ひとり、ドアの外に佇む事になった僕はこっそりとため息をついた。










66.絆される(ほだされる)










「偶然なんだから、許してよー」



こんこん、とドアをノック。

すると間髪開けず“嫌!”と返ってきた声。



「見えなかったからさぁ」



そのブラから零れ落ちんばかりの胸も。

きゅ、っと程よく締まったウエストも。

可愛い花柄ピンクの下着も。



「何も見てな…」

「しっかり見てんじゃないの!」



ばん!と勢い良く開けられたドアの向こう。

仁王立ちで現れたルーシィに“やぁ”と手を上げるロキ。

未だ怒り治まらずといったルーシィの様子など、どこ吹く風。

ロキはへにょん、といつも通りの笑顔を浮かべた。



「やぁ、ルーシィ」

「“やぁ、ルーシィ”…じゃないわよ」



怒りからか、それとも見られた羞恥からか。

ほんのりピンク色に染まったその頬は、とても魅惑的で。

ロキの自制心は、シーソーの上を右へ左へユラユラと。



「えー?だってまさかルーシィがあんなあられもない姿で部屋にいるなんて」



思い出すだけでも、思わず“男”としての本能が目覚めてしまいそうな。

彼女を“守護”するモノとしての立場もこれからの関係も全て吹っ飛ばしてもいいとさえ思えてしまうルーシィの姿。



「…人聞きの悪い事言わないのっ。着替えてただけでしょう!」



上半身はすでに下着だけで。

パジャマ代わりのハーフパンツを膝下まで下ろした姿で。

二の腕によってきゅっと寄せられた胸の谷間は、凶器以外の何でもなくて。

着地ポイントを誤った僕が、不幸にもその真正面に登場してしまった時の衝撃ときたら。



「軽く星霊界へ意識だけ飛んでったかな…」



あー…、と。手で顔を覆い、唸りながら天井を見上げるロキ。

“何を訳の分からない事言ってんの!”とか“そもそも、またあんたは勝手にゲート開けて!”とか“絶対に許さない”だとか。

怒り心頭というよりパニックであたふたしているルーシィを、ちらりと横目だけで確認して。

そしてまた、見てしまった事を激しく後悔してがっくりと項垂れる。



「…なによ」



ぽっきりと首を折り曲げて脱力したロキを、やっぱり睨み付けたまま。

それでも、気になるのか身長差のあるロキの顔を覗き込もうと。



「―…ハイ、ストップ」

「んぐ。ちょっと、何よ。ロキ」

「何よって…まぁ、色々とこちらにも都合というものが」



顔を覆ったロキの手を押しのけ、何が言いたいのかと迫るルーシィに。

ロキはやっぱり相変わらずの苦笑を浮かべるだけ。



ロキの間近に迫ったその顔と体。

普段ならば“ルーシィってば大胆”やら“そんなに迫ってどうしたいの?”やらそれなりの軽口が叩けるのだが。

今は正直言ってかなりマズイ。非常にマズイ。本気でマズイ。

それこそ、冗談など一切頭に浮かんでこないぐらいに真っ白なのだ――…。



「…ねぇ?ルーシィ」

「だから、なによ」

「今の自分の姿、分かってる?」

「自分の姿―…?」



ルーシィが言葉の意味を理解しようと視線を外した瞬間。

ロキはくるりと背中を向け、星霊界へ逃げ帰る為のゲートを開く。

背後から“きゃぁ!”を通り越した“ぎゃあ”やら“あぁぁぁ”やら聞き取れない雄たけびが聞こえたのを最後に、ロキは星霊界へと舞い降りて。

見慣れた風景の中に帰ってきた安堵からか、ほぅ、とひとつため息を落とした。



「…っとに。ルーシィも酷いよねぇ」



仮にも思いの通じ合った恋人同士のはずなのに、キス以上の接触はほぼ全てNGと言っていい程見事に拒否してくれて。

日頃、こちらがどれだけ精神力をフル稼働させてルーシィの傍にいるのか、少しぐらい理解をしてくれても良い気がするのに。

―――理解するどころか、あんな悩ましい姿を見せ付けるなんて。



「拷問だ―…」

「何が拷問ですって?」

「へ…っ?」



愛しいルーシィの声が、頭の中の空想ではなく頭上から降ってきた事に驚き顔を上げる。

“ホンモノ?”と確認すれば、ピクリとつり上がったその眉に妄想の中のルーシィではないことを知り。

なぜルーシィが星霊界にいるのか、という疑問の答えを探す為にぐるりと自分の周囲を見回せば。



見覚えのある調度品の数々と。

すでに鼻に馴染んだルーシィの香り。



「あ、れ?」



星霊界でその地面に座り込んでいたはずなのに、お尻の下はこれまた馴染んだ床の感触。



「うぅぅ…え?」

「ろぉぉきぃぃぃ?」

「ル、ルーシィ…?」



金色の鍵を振りかざしたその姿から想像できる事といえばとても単純明快で。

瞬時に呼び戻されたという現実に、ロキは逃げても無駄だとぎゅっと体を固め、項垂れる。

どんなお仕置きが待っているのかは分からないが、…何度逃げても無駄ならばせめて大人しくしていようと目を閉じ俯くロキに。

ルーシィは、はーっと深いため息を落とし、差し出された頭にこつん、とこぶしを乗せた。



「…忘れて」

「へ?」

「忘れて、って言ってるの!」

「ははははい…っ!」



こくこくと何度も頷けば、“良し!”と返されたルーシィの返事。

いくら偶然のアクシデントだとはいえ、その一言で本当に許されるものなのかと恐る恐る視線を上げたロキの先にいたのは、ほんのりと頬を染めたルーシィの顔。



「…もう、恥ずかしい…!」



合わせられた視線が居心地悪いと言わんばかりに勢い良く逸らされた視線と、逃げるように向けられた背中。

もちろん、もうきちんと服を着込んでいてその下にあるものや肌は微塵も見えないのだけれど。



(無自覚っていうのも、罪だよねぇ…)



決して彼女には聞こえないように、心の中でだけこっそりひとつ深くため息を落とす。

自覚している僕と、まだ自覚していない彼女。

その溝と温度差と想いの強さと切迫したものと、その他諸々においてその差は激しいと思うけど。

どうやら、一応同じ方向を向いてくれている事だけは間違いないようで。



根底にあるソレを有難い、と思わなければ罰が当たる。

―――でも。



「ルーシィ!」

「きゃぁ!ななななによ突然抱き着いたりして…っ」

「ね。お詫びにルーシィの恥ずかしさが帳消しになるように―…」

「なるように?」








「僕の恥ずかしい姿をルーシィに…!」










「あー…、やっぱりまだ駄目…」



強制閉門された星霊の姿が完全に消えた事を確認した後、ルーシィはがっくりと肩を落とす。

彼が言ってる事や望んでいるであろう事を理解していない訳ではない。

むしろ、一人の時間をうだうだと全てその事を考える時間に費やしてしまい、余計な事まで考え過ぎてしまっているぐらいなのだ。

だからこそ、…というか、それなりに考えてどうしようかと思っているのだが。



やはり反射的に出てしまうものは、どうしようもなく。



「次こそは何とか1歩…!」とこぶしを握り締めるルーシィと。

「次こそは大人しく…」と星霊界で肩を落とすロキ。



2人が本当の意味で近寄れる日は、まだまだ遠そうである――…。

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2011.04.11

ロキ→←ルーシィ。

素直になれないのが女の子。

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