恋する動詞111題<book>

□抱きしめる
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「あら。珍しいわね。今日はひとり?」



興味津々の目で覗き込まれて、少し口角だけを動かす。

オレにかわされたと思ったのか、“まっ”と頬を膨らませたミラ。

違うと否定しようとしたが、…面倒になり、止めた。



「どうしたの?沈んでるわね」



カラになったグラスと入れ替えに。

新たに差し出されたグラスの中で、琥珀色の液体がゆらりと波打つ。

一瞬だけ光を放ったその様子は、―…まるで彼女の瞳のようだと。

いつもどこかで彼女を基本に考える癖がついてしまった己を笑う。



「別に、沈んでなんかないさ」



爪先でグラスを弾けば、カンとひとつ甲高い音が鳴る。

そして、それに合わせるかのように氷がぐらりと傾いて、とぷんと深く沈み込む。

琥珀色のアルコールに捕らわれた、氷の欠片。



「いや、…そうかな」

「くすくす。どっちなのよ」

「正直、オレにも分からねぇ」



ぐいっとグラスを煽れば、アルコールが胃に沁みてじんわりと全身へ広がる陶酔感。

この感覚は、まるで彼女の傍にいる時に感じるソレと似ている。

だがここにあるのは、…彼女じゃ、ない。



「こんな所で疑似感覚に酔ってるぐらいなら、直接言いなさいな」

「あぁ…?一体何の事を言って…」

「…自覚ないとは言わせないわよ?」



横を向いたまま、グラスを磨き続けるミラはどこか楽しそうで、少し怒っているようで。

言いたい事は多分、あの事だろうと薄々気づいたけれど。

ルーシィを追い詰めた事など、ミラは知らないはずなのに一体どこから知り得たのか。



でも、それを素直に認める訳にはいかない。

―――傷付けたルーシィ以外には。



「何の事やら?」



“ごちそうさん”とグラスを戻し、ゆっくりと腰を上げる。

背中に突き刺さる視線はこの際無視して、ミラの視界から姿を隠して。

完全にその気配が感じられなくなった場所でようやくひとつ、ため息が零れ落ちた。



「分かってない訳じゃ、ねぇんだよ」



あんな必死な顔をして。あんなに泣きそうな顔をして。

ナツがどうの、家賃がどうの、小説がどうのと懸命に言い訳を並べていたが。

“気付いてよ!”…そう、まるで全身から叫んでいたかのようなルーシィ。



少し前から、気付いていたんだ。

いつも、いつも、何か言いたそうな視線が追い駆けてきて。

何なんだろうと振り返れば、露骨に外されるソレの意味。



「分からねぇだけなんだ。―…どうしたらいいのか」



受け止めるには、想いが足りない。

拒否するには、惹かれ過ぎてる。



宙ぶらりんな自分の心。



ルーシィが思っている事全部聞けたら、少しは、自分の想いの輪郭が分かるんじゃないかって。

そう思った瞬間、彼女が逃げ出すまで追い詰めてしまっていた。



「あー…情けねぇ…!」



空で瞬く星を掴もうと手を延ばし、決して届かぬソレをきゅっと握り閉じ込める。

開いた手の平に残されたのは、己の爪が付けた半月状の爪の跡。

落ちてきたのは数限りなくある星ではなく。



空にひとつしかない、月。



「…くそっ!」



足がどこへ向かっているのか。

それしか分からない。



駆け出してどうしようというのか。

でも、何かに急き立てられるかのように動く体は。

決して止まってなどくれなくて。



段々荒くなる呼吸に、意識が全て奪われていく。



考える事などない。考える必要など、ない。

今はただ。



「動け…!」



一秒でも早く、彼女の所へ。











29.抱きしめる










「だ、れ…?」



荒々しく叩かれたドアに、ルーシィはそっと声を掛ける。

こんな夜に訪ねてくる訪問者など、きっと碌なものじゃない。

半ば怯えながらドアの内側へそっと体を寄せれば、“開けてくれ”と小さく聞こえた覚えのある声。



「グレイ!?どうしたの、こんな時間に」

「あぁ…すまねぇ……けほっ。あぁぁー…」

「と、とにかく中へ!」



ぜーぜーと荒い呼吸を繰り返すグレイを部屋へと導き入れ、とにかく水を用意しようと背を向ける。

それとほぼ同時に。―…背中越しに回された、グレイの腕。



「待、て…、行くな」

「グレ…」



ぎゅっと込められた力の意味は。








手のひらに落ちてきたお月様だけが、知っている。

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2011.04.09

グレイ?→←ルーシィ。

降りてきた君を捕まえておきたくて。

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