幸福論

□幸福論X
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壊れてしまったアスカは、もう何を思うことも無かった。

……言うなれば絶望、感情の欠落。もう、何の表情もアスカは浮かべていなかった。




─────もうここには居られない…──



                 
本能がそう告げる。だからなのか、アスカの身体はその本能の赴くまま動いていた。


……アスカがそう望んでいなくても、身体は「生きたい」と叫んでいた……


だがアスカはそれにも気付かず、もう何も映さない濁ったガラス玉の瞳で前だけを見る。

止まっていたら死ぬと、危険だと分かっている身体は走った。ともかく走り続けた。

ここがどこだなんて考えずにただただ、闇雲に……

──雑木林、そう木の葉の何処かの林に……アスカはその獣道をはしり続けた。


もしかしたらそうやって走り続けられたのは、本能ではなくアスカの中の本心からなのかも知れない……

だが、今はそれを考える力も時間は、もうアスカには残されていなかった。

目的地なんてものはない。でもその前に、アスカには居場所がなかった。

自分が、どんな状況でもいいからいられる居場所が……──




里には忌み嫌われ、憎まれ、傷つけられ、信じた人々

…………否、信じたかった人には裏切られ、命を狙われ……騙された。




騙しているつもりが、騙されていて

欺いていると思ったら、欺かれて…




とんだ茶番だ………そんな事をいっきにアスカは知ってしい、理解した。

そしてそんな茶番の中で、アスカのただの好奇心と狂気と願望で


………居場所を、失った。


アスカの自らなる行動で、あの部屋から抜け出したことで、……自分を滅ぼす結果を生んだ。


愚かな行動……自業、自得だった。


壊れかけの木の葉の里は、九尾を身に宿す忌子
…アスカの為に、

里を繋ぎとめていたか細い糸を…………失った。


そして、

 


            壊れた




里は破滅の道へと一直線に進みつつあった。そこで、はたっとアスカの身体が止まる。

…………アスカの、まだこの世界で4年しか生きていない身体では耐えられない速度で長時間走った為

感覚がなくなりガクガクと足が震え、その足ではもう…もうこれ以上進むことはままならなかったからだ。

アスカは……否、ただ「生きる為」に動いていたアスカの身体は、動くことを停止する他無かった。


サア───っと雑木林から風が吹き抜け、アスカの髪は流れにのり小さく揺れる。

目の端に捉えたアスカの輝いていた髪は、殴られ過ぎたせいですたれ、倒れた時についたのか、自分の血と泥と埃で汚れていた。

服も同様で、白かった半袖のTシャツが真っ赤に染まって所々破れている。

……比較的怪我の位置から離れているもの以外は元のTシャツの見る影もなく、

身体に直に巻いていた包帯さえも、元の役目を果たせずボロボロと崩れていく程だった。

アスカはその自分のふざまな成り様を、もうもとの美しい澄んだ瞳を垣間見ることさえ不可能となり、


「濁った」生きながら死に絶えている様なガラス玉の目で、黙って眺めていた。


動こうと、走ろうと、逃げようと、ただただアスカの身体はもがく。

………段々近づいてくる忍びの憎悪の念にアスカは身に覚えがあり、小さくその者達の事を呟いた。




『猪鹿蝶……』




花札、という昔からの元旦などに多く行われている札遊びを、突然アスカは思い出した。

その猪鹿蝶の絵札を揃えると、他人から10点分の絵札を貰えるボーナスゲーム、

壊れた中でもしぶとく生き続けているアスカの狂気は、それを思い出すのと同時に共鳴した。

アスカは、もはや自分ではどうにもできない狂気に、ただ身を委ねて瞼を下ろす。




『……さすがボーナスゲーム、』




アスカが小さく呟いて、下ろした瞼を開けた時…………アスカの目は未だ濁っているものの、隠すことのない狂気を宿していた。

このまま絶望だけを感じて木の葉に追い込まれて死ぬのだなんて、私の道理に反する。

例えどれだけ壊れようがボロボロになろうが狂気を失わないアスカ、

アスカは、またあの狂った……もはや壊れたものの笑みを深く見せて、後ろの木に凭れ掛かる。

どうせ死ぬなら、あの猪鹿蝶等に私の絶望を少し分けてあげよう……


ちょっとぐらい復讐してもいいでしょ?


そうだなぁ……名付けるなら、【小さな復讐劇】かな?


2、3羽の小鳥が、アスカの気持ちを表すかのように軽く鳴く。アスカは唇に指を押し当てて、

静かに…と小鳥の示して見せた。小鳥は愛くるしく首を傾げる様子を見せながら、不思議な事に鳴くのを止める。

アスカは小さく驚いてほんの少し目を見開いた後、愉快そうに小さく笑った。






さーて…暴れようか
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