幸福論
□幸福論W
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────……火影邸
それはこの「木の葉の里」を治め長であり、忍者の頂点に君臨する
火影の名を語る権利のある者が、全てを管理し里を見守る屋敷。
………アスカはその火影邸の扉の前に立って見つめていた。……アスマが記憶を失くしてからもう六日。
いい加減里の重役であるホムラとコハルも気づいただろう……アスカとのだけの記憶がないということを……
アスカの周りに、この冬の季節独特の凍てつく風が吹き抜ける。
枯葉がアスカの目の前を舞って、地に落ちる。
『(喜ばしいことだな…)』
アスカは思った。そして鼻で軽く嘲笑う。……アスマにとっても喜ばしいことだろう…何せ、──化け物との記憶などおぞましいだけだ…──
そんなことない、何処かでそう否定する自分がいた。そんな自分にアスカは静かに目を伏せる。
『(………何にせよ、もう遅い…)』
そして、小さく微笑んだ。………その感情は【諦め】…どれだけ願おうがあの頃には戻れない。
アスカはまた小さく微笑む。未だ自分は情緒不安定、アスマとの記憶を手放したことを……後悔している。
今は、その事実を『馬鹿らしい』と切り捨てるようなあの激しい狂気は消えてしまっていた。
きっと、【ヒュプノ─催眠能力─】のせい……
アスカは思った。………自分が今持っている能力、それは狂う前の自分へと精神を戻す。
その効力のせいかアスカの心は酷く穏やかだった。……まるで嵐が来る前の海のように…──
『自分で自分が分からないよ……じいちゃん…』
そう呟く声は震え、掠れている。アスカの心の中には困惑が渦巻いていた。
………今の自分は年相応の不安げなただの子供、そして今自分は三代目に助けを求めているという結果………そんな自分に気付いて……
『吐き気がする、』
そう呟いて、火影邸へと歩み寄った。…………その表情はすでに、仮面を被った悪魔と化して……
今更誰にそんな言い訳が通用する?今更何故「普通」を装う?自分はこの世に生命を受けたときから「異常」なのに??
アスカは自分に言い聞かせるかのように、そう問い続けた。………無駄だと、無意味だと分からせる為に…
……どうもこの能力はあまり好きじゃない。アスカは思った。
この能力は自分を「普通」だと、期待させる。希望をもたせる。
『(ふざけるなっ…)』
こんなのは戯言だ!!アスカは殴られすぎたせいで、長いほうから短く変わっている髪をかきあげる。
………何故だ。自分は今の状況を好きなんじゃないのか?楽しんでるんじゃないのか??
イヤ、間違いなく心の底から楽しんでる。そして………心の底からこれを嫌がってる。
矛盾、混乱、困惑、メビウスの輪……永遠に続きそうなこの気持ちを踏みにじりたかった。
……アスカは逃げ出すときに開けたままになっている窓を見つける。
『(行くか……)』
アスカは思った。もう難しい事をいちいち考える気力なんて無いに等しい。
ただ今は、三代目に伝えなくてはいけない。本当の自分がどういう人物かどうかを……
何故だかは分からない。でも、アスマにあの力を使ったとき、三代目に伝えなくてはいけない気がした。
そうしないと、自分が壊れそうで……
狂ってる。それが自分。………壊れてく。それは嫌。
アスカは窓の外の木をつたい窓の枠に手をかけた。
……きっと今頃三代目は私を探しているだろう…忍びを手配して……ふとそう思った。それは自惚れでもなんでもない【確信】。
三代目の人柄から考えても分かるが、実際自分はその忍者たちを〈見たから〉だ。
………アスカは忍者のように気配を感じることなど出来ない。だから見ることは出来ない。ならどうやって?
……答えは簡単。見つけたから……あの大人達による【血祭り】の時、明らかに一般人の憎悪とは違う者が感じられた。
…………その憎悪は、人を殺すことを厭わないもの……それは忍びを表す。色で表すならまるで血の色。
一般人のものは黒かった。恨みをそのままぶつけているかのように、醜い所を表す色。
一般人にもやろうと思えば人を一人殺すことが難しい事ではない、裏を返せば簡単なこと…だが、やはり忍びとは違う。
一般人には少なくともためらいや躊躇、かっとうなどが必ずあった。そして我を忘れていた。
しかし忍びは手馴れているものは、我を忘れることもなく。ましてや後悔はあったとしても躊躇いはない。
……躊躇いは自らの死を意味し、我を忘れる──冷静さを失くすこともまた、死を意味する。